コラム

トランプの「ウソ」に期待する危険

2016年11月30日(水)13時00分

YOUTUBE

<普通の政治家なら選挙中の公約の実現を願うのがあたりまえだが、トランプの場合はむしろ公約を破棄して「常識的」な政策に変えて欲しいと願っている人がたくさんいる>(写真:就任当日にTPPから撤退すると宣言したトランプ)

 さて、ここでクイズ!

 「ウソ」は英語で何というでしょうか?

 正解はcampaign promise(選挙中の約束)。いや、冗談じゃなくてれっきとした慣用句だ。もちろんlieやfalsehoodなどの言い方もあるが、「言っても、するつもりのないこと」を指すものとして、campaign promiseはよく使われる表現となっている。

 考えてみると、これはかなり残念な慣用句。「選挙中の約束=ウソ」がすんなり通じるのは「政治家=ウソツキ」という常識に基づいているからなわけで。本当はcampaign promiseは「絶対守るもの」という意味であってほしい。

 しかし、今、その「悲しい常識」から希望の種を見つけ出そうしている方々が多い。

「トランプは過激で非現実的な公約をいっぱい掲げてきたが、それらは選挙に勝つためにだけ発した、不本意なリップサービスに過ぎない! 当選したらそんなcampaign promiseを守らないで普通な大統領になるはず」――こういった楽観的な解説をする有識者は、アメリカでも日本でも最近よく見かけるね。

 長さ3200キロもある、「メキシコとの国境に万里の長城を建てる」、と?

 国内に1100万人もいる、「不法移民を強制送還する」、と?

 世界に15億人もいる「イスラム教徒の入国を禁じる」、と?

【参考記事】TPPを潰すアメリカをアジアはもう信じない

 確かに、こんな公約、どれをとっても、たいてい本気だと思えない。こんな言葉に惹かれて投票する人向けに言っていただけで、そもそもやるつもりはない。典型的なcampaign promiseだ。当選したら、当然姿勢を変えるだろう。

 このような見込みが急増しているように思えるが、実はずいぶん前からあるもの。不思議なことに、選挙前から公約通りに動かないと信じてトランプに投票している方も少なくないのだ。「大丈夫だよ!大半ウソだから!」と、支持者まで言っているのは、本当に理解しがたい現象だけど。

 しかし、極端なcampaign promiseを破るのは政治家の常識かもしれないが、トランプは政治家じゃない。本人も政治家じゃないと大きな声で言っている。その上、その事実を何度も見せつけている。

―自分の党の重鎮を敵に回した。
―有権者の半分を蔑視した。
―大統領らしからぬ言葉を吐きまくった。
―国民的英雄をけなした。
―国に命を捧げた戦没者の家族と喧嘩した。

 ・・・などなど枚挙にいとまがない。トランプの言動からは、政治家の常識を持っていないことがよくわかる。というか、一般人の常識すら持ち合わせていないのかも。

 ということは、"常識的に"公約を破るのではなく、下手したら"非常識に"campaign promiseを守ってしまう可能性もある。皮肉にも、有言実行になることこそが心配されているのだ。
 
 今回に限って、大統領はウソツキであってほしい。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有

ビジネス

FOMCが焦点、0.25%利下げ見込みも反対票に注

ワールド

ゼレンスキー氏、米特使らと電話会談 「誠実に協力し

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story