コラム

80年代初期のロシアの貴重なロック・シーンが描かれる『LETO』

2020年07月22日(水)16時30分

『LETO -レト-』

<80年代初頭、モスクワと並ぶロックの中心地だったレニングラードを舞台に、トロイツキーのロック史にも登場するふたりのミュージシャンを軸として、恋愛と当時のロックシーンが生き生きと描き出される>

情報に乏しかったペレストロイカ以前のロシアのロック・ムーブメントが海外に認知されるきっかけを作ったのは、モスクワ生まれのロック・ジャーナリストで、アンダーグラウンドのプロモーターやミュージシャンとしても活動していたアルテーミー・トロイツキーだった。

ペレストロイカが始まる80年代後半までの30年間に及ぶロシアのロックの軌跡をまとめた『BACK IN THE USSR』(87)や代表的な10人のミュージシャンを通してロック・カルチャーを考察した『TUSOVKA』(9 0)といった彼の著書は、ロシアのロックを理解する格好の手引きになった(前者は91年に『ゴルバチョフはロックが好き?ロシアのロック』というタイトルで日本語版も刊行された)。今回取り上げる映画は、そんなトロイツキーと深い関わりがある。

80年代初頭、レニングラードの二人のロックミュージシャンが描かれる

舞台演出で頭角を現し、映画監督としても注目を集めるキリル・セレブレンニコフ監督の新作『LETO -レト-』では、ペレストロイカ以前の80年代初頭、モスクワと並ぶロックの中心地だったレニングラードを舞台に、トロイツキーのロック史にも登場するふたりのミュージシャンを軸として、恋愛と当時のロックシーンが生き生きと描き出される。

レニングラードでは、西側のロックに影響を受けたバンドが台頭しつつある。設立されて間もないロック・クラブは、バンドにとって貴重な演奏の場になっている。公認を得られないバンドは、自宅などでコンサートを開くしかない。そのロック・クラブでは、マイク・ナウメンコ率いるズーパークが人気を博している。

ある夏の日、マイクと仲間たちが海辺でパーティーを開いているところに、仲間のひとりから誘われたヴィクトル・ツォイと相棒が現れ、曲を披露する。ヴィクトルの才能に気づいたマイクは、彼を支援するようになるが、その一方で、マイクの妻ナターシャとヴィクトルの間に淡い恋心が芽生える。

当時のミュージシャンたちに影響を及ぼした音楽

本作のクレジットでは、物語のベースになっているのはナターシャ・ナウメンコの回想だが、情報源はそれだけではないだろう。

本作には、この後、キノを率いて頂点に登りつめ、90年に急逝するヴィクトル、91年に没するマイクの他にも、実在の人物が登場している。キノの初期メンバーだったアレクセイ・ルィビン、早い時期からヴィクトルと交流を持っていたパンク・バンド、アフトマティーチェスキエ・ウドヴレトヴォリーチェリのスワイン、ロシアのロックを牽引し、キノのファーストアルバムを手がけたアクアリウムのリーダー、ボリス・グレベンシコフ、そしてジャーナリストのトロイツキーが、ニックネームや違う役名ながら、それとわかるように主人公たちに関わっていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story