コラム

G8財務相会議の朝、IMF理事が死体で発見される 『修道士は沈黙する』

2018年03月16日(金)15時00分

『修道士は沈黙する』(C)2015 BiBi Film-Barbary Films

<世界経済を支配する政治家の企てに、清貧な修道士が思わぬ形で巻き込まれていく様を緻密な脚本で描いた社会派ミステリー>

イタリアの異才ロベルト・アンドーの前作『ローマに消えた男』(13)と新作『修道士は沈黙する』を並べてみると、この監督がどちらの作品でも、政治や経済という対象をまったく異なる視点からとらえるような状況を巧みに生み出していることがわかる。

『ローマに消えた男』は、イタリアの最大野党を率いる政治家エンリコが、重要な国政選挙を前に行方を眩ますところから始まる。それが露見すれば、支持率低迷に苦しむ党にとって大打撃となる。そこで、エンリコに双子の兄ジョヴァンニがいることを知った側近は、哲学の教授で、最近まで心の病で入院していたその兄を替え玉にする賭けに出る。弟と疎遠だったジョヴァンニは、驚くことに機知に富む巧みな弁舌でメディアや大衆を魅了していく。その頃、エンリコは、パリに住む昔の恋人のもとに身を寄せていた。

アンドーは、そんな替え玉をめぐるドラマを通して政治の世界を風刺するだけではない。それぞれにトラウマや心の病を抱える双子の兄弟にとって、成り行きに身を委ね、未知の分野に踏み出すことが、ある種のセラピーになっていくからだ。

脚本がさらに緻密になった

新作『修道士は沈黙する』では、脚本がさらに緻密になり、アンドーの独自の話術が際立っている。舞台になるのは、ドイツのハイリゲンダムで開かれる先進国首脳会議。その会議の前夜、天才的なエコノミストとして知られる国際通貨基金(IMF)の専務理事ロシェが、自身の誕生日を祝う夕食会を催す。そこには、会議に参加する8ヵ国の財務相の他に、ロックスターと女性作家、そして主人公である戒律が厳しいカルトジオ会の修道士サルスが招かれていた。

夕食後、そのサルスはロシェの部屋に呼び出され、告解がしたいと告げられる。ところが翌朝、ロシェが自室でビニール袋をかぶって窒息死しているのが発見される。ロシェと最後に会っていたサルスは疑いをかけられるが、彼は戒律に従って"沈黙の誓い"を立てている。財務相たちは、彼らが極秘裏に進めていた計画がサルスに漏れていないか不安にかられ、会議の延期を余儀なくされる。そして、財務相たちとサルスが駆け引きを繰り広げる合間に、告解の映像の断片が挿入され、ロシェが何を告白したのかが徐々に明らかにされていく。

ケインズが理想とするモラル・サイエンスの経済活動

この映画には、見逃せない重要なポイントがいくつか埋め込まれている。ひとつは、夕食会の冒頭のロシェの挨拶だ。この場面には、映画のテーマやアンドーのメッセージが集約されているといってもいい。ロシェはこのように語り出す。


「私は今夜、誕生日の祝辞など望んでおりません。最近、私はケインズが理想とするモラル・サイエンスの経済活動について考えました。モラル・サイエンスでは、人間がいだく動機と期待、そして心理的不確実性を扱います。皆さんなら、彼が述べたリンゴの比喩をご存じでしょう」(※字幕では「道徳科学」と訳されているが、人間を広く取り扱うケインズの文脈を踏まえ、ここでは「モラル・サイエンス」とした)

そこまで話した彼は、おもむろにテーブルに置かれたリンゴを持ち上げ、一同を見回してから手を離す。落下したリンゴは、ワイングラスを割り、その場が一瞬、静まり返る。物語が展開していくと、このロシェの発言がかなり不自然なものであることがわかってくる。彼は告解で、「金銭が金銭を生む。私の仕事に人間性が入る余地はありません」と語る。

彼は、金を絶対視し、権力を振りかざす傲慢な人間なのだ。さらに、財務相たちが、発展途上国の経済に大打撃を与えかねない計画を進めていることも明らかになる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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