コラム

1000件以上黙殺されていた神父による児童への性的虐待

2016年04月01日(金)16時15分

 ただし、「スポットライト」の報道以前に、この問題が注目されることがなかったわけではない。前掲書によれば、80年代半ばから90年代にかけて第一の波が起こっていた。被害にあった子供の両親が司教たちに訴え、メディアも関心を持った。しかし、あくまで個別の相互に関連のない事件として扱い、教会が組織的に隠蔽しているとは考えなかった。「スポットライト」チームの記者たちもインタビューで、2001年に調査に乗り出す前には、神父による性的虐待をあくまで個人的な事件だと思っていたと語っている。

『スポットライト 世紀のスクープ』は、第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞した。


 では彼らは、どうして歴史に踏み込むことができたのか。この映画で印象に残るのは、「スポットライト」チームとフィル・サヴィアノやリチャード・サイプという実際に重要な役割を果たした人物との関係だ。サヴィアノは性的虐待の被害者で、被害者団体のメンバーとしてチームのオフィスに招かれ、驚くべき証言をする。さらに彼らに、リチャード・サイプの著書『Sex, Priests, and Power: anatomy of a crisis』を見せる。サイプは、問題のある神父が送られる療養施設で働いていた元神父で、30年以上も神父の性犯罪を研究してきた心理療法士だった。そのサイプは、チームとの電話のやりとりを通して声で登場するだけだが、貴重な情報源となり、『大統領の陰謀』の"ディープ・スロート"のように、チームを導いていく。

見逃されていた虐待事件

 このサヴィアノやサイプという存在はなにを意味しているのか。マッカーシー監督は、「スポットライト」チームを単純にヒーローとして描いているわけではない。サヴィアノは以前にもグローブ紙に情報を提供していたが、信頼できる情報源とはみなされなかった。サイプは60年代から神父の性犯罪を追い、サヴィアノがチームに見せた著書を95年に出版していた。チームの編集デスクであるロビーは、その他にもグローブ紙が虐待事件の情報を得ていながら見逃していたことに責任を感じる。

 もし身近なところにある手がかりに気づいていれば、アウトサイダーの編集局長の登場を待つ必要はなかったかもしれない。さらに言えば、第一の波が起こったときに、勘や想像力を働かせるジャーナリストがいたら、被害者が30年も沈黙を強いられたり、事件が歴史的な問題になることはなかったかもしれない。この映画を観たら、誰もがジャーナリズムの重要性についてあらためて考えざるをえなくなるだろう。

《参照/引用文献》
"Sexual Abuse in the Catholic Church: A Decade of Crisis, 2002-2012"by Thomas G. Plante Ph.D. (editor), KathleenL. McChesney (editor) (Praeger, 2011)

○映画情報
『スポットライト 世紀のスクープ』
4月15日(金)、TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、中国製半導体に関税導入へ 適用27年6月に先送

ワールド

トランプ氏、カザフ・ウズベク首脳を来年のG20サミ

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家

ワールド

ウクライナ、複数の草案文書準備 代表団協議受けゼレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    砂浜に被害者の持ち物が...ユダヤ教の祝祭を血で染め…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story