コラム

「エホバの証人」信者からネオナチへ──ドイツ「報復」大量殺人の深層

2023年03月27日(月)13時55分

インスタント・テロリストの脅威

孤立や生活への不安などによってメンタルの問題を抱えた人間が、ごく短期間で過激思想に感化され、人生を清算するような凶行に及ぶことは、これまでにもみられたことだ。

2016年7月、フランスのニースで花火大会の見物客に向かってトラックが暴走し、84人が殺害された事件では、「イスラーム国(IS)」が犯行声明を出した。しかし、犯行後に警察との銃撃戦で死亡した実行犯は、チュニジア出身で一応ムスリムだったものの、事件の3ヶ月前までモスクに行ったことさえほとんどなく、むしろ離婚など個人的な問題を背景にうつ症状を強めていたと報告されている。

精神的に不安定な人々がネットなどに溢れるヘイトメッセージに感化されやすいことは、イスラーム過激主義だけでなく極右にもほぼ共通する。

これはいわば「インスタントのテロリスト」で、兆候があまりみられないまま、いきなり過激化するため、計画的・確信犯的なテロリストとは別のタイプの脅威といえる。ハンブルクのフィリップ・Fもこれに当たる疑いが濃い。

ドイツは極右によるテロがヨーロッパで最も多い国で、その件数はオスロ大学の調査では2015年から2021年までだけでも424件にのぼった。その間には、2020年に西部ハーナウで10人のムスリムが銃で殺害されるなど、多数の死者を出す事件も発生しており、ドイツは国家安全保障の問題として極右テロを捉えている。

こうした背景のもと、コロナだけでなくウクライナ侵攻による経済停滞で生活不安が広がり、メンタル面で不安定な人が増えるほど、インスタント・テロリストの増殖も懸念される。

それはドイツに限った話ではない。宗教やイデオロギーに関係なく、人知れず周囲に敵意を募らせ、突然凶行に走る人間は、もはやどの国でも珍しくないのだから。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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