コラム

平昌オリンピックで浮き彫りになった韓国の反イスラーム感情──「公費による礼拝室の設置」の是非

2018年02月13日(火)16時00分

キリスト教徒の団体、とりわけ保守的なプロテスタント系団体は、これまでにも「ムスリム・フレンドリー・コリア」を批判する活動を行ってきました。イスラーム圏からの観光客誘致という韓国政府の方針を受けて、テグやイクサの地方政府はムスリムのための食材加工などを行う「ハラール地区」の設置を進めようとしていましたが、これに対するキリスト教団体の抗議活動で取りやめに追い込まれています。

また、2017年11月には、ソウル駅の近くで数百人が「ムスリム・フレンドリー・コリア」に反対するデモを実施。あるデモ参加者はコリア・タイムズの取材に対して、ヨーロッパでのテロの頻発を念頭に「イスラームの影響が強くなることへの懸念」を強調しています。

東京はどうするか

念のために補足すれば、平昌のオリンピック村には選手、関係者が利用できる、多宗派共用の礼拝室があり、今回建設が中止されたものはあくまで観光客用のものです。そのため、国際オリンピック委員会のガイドラインに反したものとはいえません。

とはいえ、今回の出来事が韓国の底流に広がるイスラモフォビアを浮き彫りにしたことは確かです。これは信仰の自由という観点からだけでなく、イスラーム圏との関係からみても疑問の多いものです。

ピュー・リサーチ・センターによると、2015年段階で世界全体のムスリム人口は約18億人にのぼり、世界全体の24.1パーセントを占めます。その人口増加のペースから、2060年までに約30億人、世界全体の31.1パーセントにまで増加するとみられます。その経済成長も手伝って、これと良好な関係を築くことは、世界中の多くの国にとって重要な課題でもあります。

礼拝室の建設中止に関して、アル・ジャズィーラのインタビューにムスリムの観客は「ホテルなど他の所でも礼拝はできる。ただ、反対運動をした人々は礼拝室が建設されなかったことで得られるものがほとんどないことを理解してもらいたい」と述べていますが、今回の出来事がイスラーム圏からみて心地よいものでないことに、疑う余地はありません。

そして、これは2020年にオリンピックを控えた日本にとっても無縁ではありません。個人的にはそもそもオリンピックを開催することに懐疑的ですが、今さら返上できない以上、大過なく実施する必要があります。

韓国と日本では、キリスト教団体の影響力を含め、さまざまな条件が異なります。しかし、ムスリムに対する認知度が低く、排外主義的な気運が高まりつつあり、世論が気まぐれである点では同じです。仮に東京都を含む開催自治体が「オリンピックのために礼拝室を建設する」と発表した場合、批判的な反応は皆無でないと想像されますが、近視眼的かつ狭隘な排他主義はむしろその国にとってマイナスとなります。韓国の事例は、それを示しているといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

上半期の訪タイ観光客、前年比4.6%減少 中銀が通

ワールド

韓国の尹前大統領、特別検察官の聴取に応じず

ビジネス

消費者態度指数、6月は+1.7ポイント 基調判断を

ビジネス

仮想通貨詐欺のネットワーク摘発、5.4億ドル資金洗
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story