コラム

平昌オリンピックで浮き彫りになった韓国の反イスラーム感情──「公費による礼拝室の設置」の是非

2018年02月13日(火)16時00分

署名活動を行った団体は「キリスト教徒や仏教徒もいるなかで」と強調しています。しかし、コリア・タイムズによると、市民団体は「宗派に関わらず利用できる共用の礼拝室の設置」という観光公社や市の提案も拒絶したといいます。

「過激派対策」は確かに「世界的な流れ」ですが、最近のロンドン、ソチ、リオデジャネイロなどで開催されたオリンピックでは、アスリートや関係者だけでなく観客も含めて多くの宗教・宗派が支障なく過ごせるようにすることが大きなテーマとなり、これも「世界的な流れ」となっています。しかし、市民団体側はこの点を全く無視しているようです。

のみならず、国民同士なら「特定の人々だけにサービスすることの是非」も論題になり得るでしょうが、今回の礼拝室はあくまでゲスト向けのもので、観光振興の一環です。もし特定の属性の外国人のみを対象とする配慮やアピールをするべきでないというのであれば、例えば韓国観光公社が日本語(日本語を理解できる人口は全ムスリム人口の約15分の1)を含む他言語のパンフレットの作成すら認められないことになります。

さらに、近年ソフトターゲットを対象にしたイスラーム過激派のテロが頻発していることは確かで、オリンピックに先立つ2017年12月、韓国政府は「過激派と関係がある」と目された17人の外国人に国外退去の処分を下しています。ただし、「礼拝室を建設しないこと」が過激派対策としてどれほど効果があるかは疑問です。むしろ、ヨーロッパなどでみられるパターンは、観光客など一時滞在者として入国した者も、現地在住の協力者がいて初めて大規模なテロを起こせるということです。「一部に過激派がいるからムスリム全体を危険視し、差別的に扱う」という傾向は、国内のムスリムの反感や憎悪の温床となりやすく、それこそ「テロ対策に反する」ものになりかねません。

キリスト教徒の政治力

このように多くの難点を含む主張が、それなりに支持を広げた背景には、キリスト教徒の影響があるとみられます。

ピュー・リサーチ・センターによると、韓国の人口のうちムスリムの占める割合は0.2パーセントにとどまります(この統計によると日本の割合も同じ)。韓国国内には8つのモスクを含む13の宗教施設がありますが、いずれもソウル、プサン、インチョンなどの都市部にあり、今回のカンヌンを含む北東部では確認できません。

これに対して、韓国の人口のうちキリスト教徒の占める割合は29.4パーセント。日本(1.6パーセント)、中国(5.1パーセント)、香港(14.3パーセント)、台湾(5.5パーセント)などを大きく上回ります。文大統領をはじめ、李明博氏など歴代大統領にもキリスト教徒は多く、教会は選挙において大きな影響力をもちます。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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