コラム

安田純平さん拘束と、政府の「国民を守る」責任

2016年05月02日(月)14時04分

今年3月半ばに安田純平さんの動画がインターネットに投稿されたが、ジャーナリストの間では救出に政府の関与を求めるかどうかで議論になった YouTube

 シリアの反体制組織に拘束されていると見られるフリーランスジャーナリスト、「安田純平さんの生還を願い、戦場取材について考える」というシンポジウムが月刊「創」編集部主催で4月19日に東京都内で開かれ、私もパネリストとして参加した。

 シンポジウムのきっかけとなったのは、3月半ばに安田さん(42歳)とみられる男性の動画がインターネットに投稿されたことだ。髪や髭が伸びているものの、映像も声も安田さん本人と考えて間違いないだろう。ビデオでは安田さんが英語で語っているだけで、拘束している組織の名前は出てこない。

【参考記事】安田純平さんとみられる映像公開、シリアでテロ組織が拘束か

 動画を公表したのは「ヌスラ戦線の代理人」を名乗るシリア人の男性A氏とされ、その男性のインタビューをした日本テレビで、男性は「ヌスラ戦線の目的は身代金である」と語っている。同じ動画はシリア人のジャーナリストB氏がインターネットのフェイスブックで公開したものがあり、日本のメディアの多くは、インターネットから動画をとっている。

 私はそのB氏とインターネット上で連絡をとったが、ビデオを提供したA氏はイスタンブールに事務所を置くシリアの慈善組織に属する男性で「ヌスラ戦線の代理人」であると語った。

 ヌスラ戦線はシリア北部に拠点を持つ反体制のイスラム過激派組織で、アルカイダ系の組織である。今回の動画で、安田さんが武装組織に拘束されていることは疑いないこととなったが、動画にもヌスラ戦線の名前は出ていないし、ヌスラ戦線が正式に安田さんの拘束を認めているわけでもない。

【参考記事】ロシア兵を待ち構えるシリアのアルカイダ

 ヌスラ戦線が組織として表に出てこないのは、この組織が人質をとって身代金と引き替えに解放して、資金を得ていることを公式には認めていないためだと理解されている。私が話を聞いたジャーナリストB氏も「誰もヌスラ戦線と直接接触することはできない。A氏を通じて交渉するしかない」と語った。

「政府に助けは求めない」という声が多い

 このような経緯を経て、安田さんの動画が出たことを受けて、4月19日のシンポジウムが開かれた。安田さんは昨年6月にシリア北部に取材に入って行方不明になり、ヌスラ戦線に拘束されているという話は出ていたが、確認情報がなく、安田さんの安否もわからなかった。人の生き死に関わる問題であり、確たる情報もないまま無責任なことを憶測で発言したり、書いたりするわけにも行かず、表だった議論はできなかった。

 安田さんの動画が出て、拘束はされているが、生きていることが確認されたことで、初めてジャーナリストとして、この問題について話し合いの場を持ち、社会の議論を喚起する動きとなった。シンポジウムの議論の中心は、安田さんを無事に生還させるために、ジャーナリストは何をすべきか、何ができるのか、ということだった。特に、安田さんの救出に政府や外務省の関与を求めるかどうかが議論となった。

 パネリストの一人であるジャパン・プレスに所属するジャーナリスト藤原亮司さんは安田さんとの親交もあり、1月には安田さんの安否をさぐるためにトルコ入りし、動画を公開した仲介人のA氏とも接触している。藤原さんは「安田さんは政府が介入して身代金で解放されることは望んでいない。それだけ覚悟を決めている。私たちが日本政府に働きかけることは安田さんが望むところではないはずだ」と発言した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マクロスコープ:円安巡り高市政権内で温度差も、積極

ビジネス

ハンガリー債投資判断下げ、財政赤字拡大見通しで=J

ビジネス

ブラジルのコーヒー豆輸出、10月は前年比20.4%

ビジネス

リーガルテック投資に新たな波、AIブームで資金調達
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story