コラム

「いのちの電話」を自殺報道の免罪符にするな

2022年05月17日(火)11時30分

多くの「健常人」は、自裁を決意した経験者に対して、次のように述べる。「なんだ、そんなことで悩んでいたんですか。そんなことで死ぬなんてばかばかしいですよ。生きていれば良いことがありますから。死なないでください」。必ずこういった趣旨のことを述べる。しかしそれを、私は「強者の発想」と感じる。健常人にとってごく当たり前にできることが出来ない。健常人にとってごく普通に解決する問題がどうしようもなく氷解不可能である。事例は様々だが、多くの人が「ばかばかしい」と一顧だにしない問題こそが、当事者にとっては死活問題なのだ。俗世をたくましく生き、ある程度努力し、社会的に成功してきた「強者」にとっては特段何ともない問題に対し、自裁決意者は悩まされているのかもしれないのである。

「強者の理屈」を押し付けないで欲しい。「いのちの電話」のダイヤルさえ附記すれば、自裁報道をしても悪い意味の波及効果は少ない、と思っている人がいるのなら、それは完全な「強者の理屈」だろう。仮にだがその記事を見て「いのちの電話」に繋がったとして、それが最終的解決になるかどうかなど誰にも分からないのだ。それほど自裁決意にいたるメカニズムは複雑なのである。あなたが簡単にできること。あなたが簡単に解決できる問題が、私には不可能なのだ。そういう可能性への思慮があれば、コピペみたいに「いのちの電話」の番号を書きはしない。ここに耐えられない思慮と想像力の浅さを感じて、毎度軽い吐き気を覚える私の感覚は間違っているだろうか?
 

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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