コラム

英語が苦手な日本人にTOEFL導入は逆効果だ

2013年07月15日(月)09時00分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[7月9日号掲載]

 6月のG8(主要8カ国)サミットでデービッド・キャメロン英首相らと英語で堂々と歓談する安倍首相の姿をテレビで見て、大いに感銘を受けた。英語でのコミュニケーション能力の向上を目指す日本人にとって素晴らしいお手本だ。その安倍首相は日本人の英語力強化の一環として大学入試にTOEFL(留学生用英語テスト)を導入することに前向きだが、果たして狙いどおりになるだろうか。

 ビジネス重視のTOEICに対し、TOEFLは英語を母国語としない人を対象に英語圏の大学で学ぶ語学力があるかを見る。スピーキングとライティングの試験もあるので、TOEICに比べて受験料が高く、採点もより主観的だ。

 安倍首相がTOEFL導入に前向きなのは、日本人のTOEFLスコアが他のアジアの国に比べて低いことも一因ではないだろうか。

 09年のアジア30カ国の平均点を見ると、日本は120点満点中67点で下から2番目。韓国は81点、中国は76点、北朝鮮は75点だった(マサチューセッツ工科大学〔MIT〕やコロンビア大学や、ハーバード大学などに入学するには100点前後必要だ)。

 私は、イギリスの大学への留学を目指す日本人学生を10年以上教えてきた。その経験から言えば、TOEFLを受験する日本人学生が特に苦戦するのは総合力を見る問題だ。まず文章を読み、それに関するディスカッションを聞き、賛否両方の意見を要約するといった言語的マルチタスクに、日本人は慣れていない。単語や細かい文法に気を取られて、文脈という「ビッグピクチャー(全体像)」が見えていない。

 日本の英語教育にありがちな細かさは、理数系やモノづくりなど完璧さが求められる分野では重要かもしれないが、コミュニケーションには不向きだ。言葉を理解するのは絵画を理解するようなもの。陰影(フレーズ)や個々の筆遣い(単語)に注目するのは、全体を大まかに理解してからだ。

 TOEFLを導入しても丸暗記と文法偏重の英語学習法に拍車が掛かるだけではないかと、日本で英語教育に携わっている人々は懸念している。教師の仕事が増えるだけで、生徒の勉強の仕方もTOEFLのスコアも変わらない。スコアアップを目指すなら、勉強や日本の学校での試験のやり方を変える必要がある。

 ただしTOEFLのスコアが上がってもコミュニケーション能力が向上するとは限らない。英語圏の大学に入学できる日本人学生は増えるだろうが、そこにはより大きな壁が待ち受けている。私の経験から言えば、TOEFLのスコアが高い学生でも英語でのコミュニケーションに苦労し、実力を十分発揮できない可能性がある。TOEFLは改善への小さな一歩にすぎず、コミュニケーション能力が飛躍的に向上するわけではない。

■スコアと実力にはギャップが

 TOEFLが英語力の向上や評価の決め手とは限らない。小学校低学年から英語でコミュニケーションできる力を養うカリキュラムを開発しないと、中学・高校でTOEFL対策の詰め込み教育が増える。TOEFLのスコアはいくらかよくなるかもしれないが、コミュニケーション能力は大して代わり映えしない。そんな当てにならないスコアを基準に、公的機関や企業は英会話の能力を必要とするポストの人選をする羽目になる。

 TOEFLのスコアに惑わされず、本当に使えるコミュニケーション能力の持ち主を見抜くにはどうするか。まずフェイスブックで外国人の友人が何人いるか、海外旅行に頻繁に行くかをチェックする。机の上に外国人の友人と飲みに行ったときの写真が何枚あるかも参考になる。

 実際に英語でのやりとりを理解できるかどうかを見極めるには、外国映画に連れていくといい。外国人の観客と同じところで笑えば合格だ!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、主力株高い SBGは大幅

ワールド

EU、森林破壊防止規則さらに1年延期を提案

ワールド

トルコ軍用輸送機がジョージアで墜落、少なくとも20

ビジネス

ソニーG、日本語専用「PS5」を21日発売 価格5
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【銘柄】エヌビディアとの提携発表で株価が急騰...か…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story