コラム

日本の大学は学位を売る「ディプロマ・ミル」になるのか

2014年07月23日(水)16時46分

 理研の小保方晴子氏の博士論文をめぐって、早稲田大学の調査委員会は博士号の取り消しには該当しないという調査報告書を発表した。これについて多くの大学関係者が批判しているが、これは早大だけの問題ではない。

 調査委員会は、最大の疑惑だったNIH(米国立衛生研究所)のウェブサイトの文書をコピーした事実について「著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる」と認定し、「仮に博士論文の審査体制等に重大な欠陥、不備がなければ、本件博士論文が博士論文として合格し、小保方氏に対して博士学位が授与されることは到底考えられなかった」と断定した。

 にもかかわらず、この論文は「誤って公聴会時前の段階の博士論文草稿を製本し、大学へ提出した」ものだという小保方氏の言い訳を認め、「行為者の過失によって不正行為が生じた場合には、学位を取り消すことができない」という理由で、学位規則に定める「不正の方法」には該当しないという。

 しかし審査員の手元にあるのはこの「草稿」だけで、彼女が存在したと主張する「完成版」は当時だれも見ていない(今年の5月になって大学に郵送されてきた)。学位授与の対象になるのは、所定の期日までに大学に提出された論文だけであり、それが草稿であるかどうかは無関係だ。「過失」によって20ページ以上をコピーをすることはありえない。

 早大は昨年10月に、公共経営研究科で「不正の方法により学位の授与を受けた」として、中国籍の晏英氏の博士号取り消し処分を行なった。その理由は「少なくとも64カ所にわたり不適切な引用がなされており、そのうち12カ所においては他者が作成した文献から無断で盗用している」というものだ。

 しかし晏氏の大学に対する不服申立書によれば、論文の「無断盗用」の多くは、ウィキペディアなどのネット上の短い文章の断片的な引用だ。また指導教員も「盗用」を審査で何も指摘しなかった。晏氏は博士論文を再提出したいと要求しているが、大学は認めていない。

 これに対して、小保方論文には「著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所」が11箇所あると調査委員会は認定した。しかも第1章のほぼ全部がNIHの論文の丸写しで、引用に見えないように細工されている。各章末の参照文献も別の論文からコピーしているため、本文と対応していない。これは一読すればわかるはずだから、4人の審査員がまともに論文を読んでいないことは明らかだ。

 晏氏は「在学中、実質的に学術面に関する指導も殆どありませんでした。指導教授が週一回の博士課程の授業を一回も行っていませんでした」と主張している。指導教授は非常勤で「審査会議を除き、一言も指導しませんでした」という。これが事実なら、博士論文の内容もさることながら、それをチェックしなかった指導教授にも責任がある。

 調査委員会は、小保方氏の学位を取り消さなかった理由を「学位授与を前提として形成された、これらの生活及び社会的関係の多くを基礎から破壊することになり、学位を授与された者及びその者と関わり合いをもった多くの者に対し、不利益を中心とする多大な影響を与えることになる」と正直に書いている。

 残念ながら、これが日本の大学の実態である。今度の事件はたまたま大きな注目を浴びたが、大部分の博士論文はこれ以下の水準だ。ネット上では早稲田の先進理工学研究科だけでも盗用が数多く摘発されている。博士号を取り消して彼女が異議を申し立て、他の論文の調査を求めたら、多くの関係者の責任が問われて「生活が破壊」されるから、うやむやにするのだ。

 企業は大学に教育内容は期待していないが、入試のペーパーテストで人材を公正に選抜する機能は重要だ。早大のように入試科目を減らして一般入試を絞って偏差値を嵩上げし、学生の半分以上を(小保方氏のような)AO入試や推薦で入学させてノーチェックで卒業させるのは、もはやディプロマ・ミル(学位販売業者)に近い。

 早大の鎌田総長は、政府の教育再生実行会議の座長として「人物重視」の入試を推進しているが、情実入試をこれ以上増やしたら、全国の大学が年100万円以上の授業料で学位を売るディプロマ・ミルになってしまう。工業製品に製造物責任があるように、大学には学位にふさわしい人物を社会に送り出し、不適格なら排除する責任がある。日本の大学の価値は、それしかないのだから。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ウクライナ陸軍の著名部隊、隊列強化へ独自

ワールド

中国の過剰生産能力による世界経済への悪影響を懸念=

ワールド

アングル:太陽光発電大国オーストラリア、さらなる普

ビジネス

米国株式市場=S&Pとダウ再び最高値、エヌビディア
MAGAZINE
特集:開戦2年 ウクライナが敗れる日
特集:開戦2年 ウクライナが敗れる日
2024年2月27日号(2/20発売)

アメリカの支援が途絶えればウクライナ軍は持たない。「ロシア勝利」後の恐怖の地政学とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ビートルズの伝説が始まったあの「初登場」から60年...熱狂の中、本人たちは「卑下」していた

  • 3

    ゴールドカードだけの感動体験を...新時代に「新たな価値」を生む新ゴールドカードを、アメックスが発表

  • 4

    大雪で車が立ち往生しても助けなし...「不信の国」中…

  • 5

    「自分が望むようになっている」...メーガン妃の「疎…

  • 6

    「引退すべき」「チケット高いのに...」マドンナが「…

  • 7

    メーガン妃は今でも「プリンセス」なのか?...結婚で…

  • 8

    対戦車ミサイルがロシア兵に直撃...衝撃映像に「プロ…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    胸元あらわなコルセットドレス...テイラー・スウィフ…

  • 1

    ウクライナ攻勢を強めるロシアのドローン攻撃を、迎撃システム「バンパイア」が防ぐ「初の映像」が公開

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    【アウディーイウカ陥落】ロシアの近接航空支援や滑空爆弾に対しウクライナ軍の空域には穴が開いていた

  • 4

    日本人は知らない、能登半島地震に向ける中国人の視線

  • 5

    大雪で車が立ち往生しても助けなし...「不信の国」中…

  • 6

    ウクライナ戦争開戦から2年、NATO軍の元最高司令官が…

  • 7

    プーチンの顔面に「異変」が...「頬どうした?」と話…

  • 8

    米メディアのインタビュー中、プーチン大統領の「足…

  • 9

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    日本人は知らない、能登半島地震に向ける中国人の視線

  • 2

    【能登半島地震】正義ぶった自粛警察が災害救助の足を引っ張る

  • 3

    一流科学誌も大注目! 人体から未知の存在「オベリスク」が発見される

  • 4

    ルーマニアを飛び立ったF-16戦闘機がロシア軍を空爆?

  • 5

    プーチンの顔面に「異変」が...「頬どうした?」と話…

  • 6

    情報錯綜するイリューシン76墜落事件、直前に大きな…

  • 7

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 8

    「まだやってるの?」...問題は「ミス日本」が誰かで…

  • 9

    シャーロット王女の「ただならぬ風格」...5つの「フ…

  • 10

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story