コラム

英霊をとむらうことより大事なのは新たな英霊を出さないこと

2014年01月07日(火)19時07分

 安倍首相が昨年末に突然、靖国神社を参拝したことは、年明けにもいろいろな波紋を広げている。海外の反応は、中国・韓国はもちろん、欧米でも批判一色だ。首相は年頭の記者会見で「中国や韓国にもていねいに説明していきたい」と語ったが、彼らが首脳会談に応じる見通しはない。

 各社の世論調査では支持する声が多く、「国内問題に外国がとやかくいうのはおかしい」という反発が強い。安倍氏のFacebookページには8万以上の「いいね!」が集まった。「国のために死んだ祖先を国の指導者が慰霊するのは当たり前だ」という国民感情が強いのだろう。

 しかし靖国神社は、国のために死んだ人を追悼するために建てられた神社ではない。それは戊辰戦争で天皇のために戦死した者をとむらう神社として創立されたのだ。靖国には坂本龍馬や吉田松陰もまつられているが、彼らは「国のために死んだ」のではなく「天皇のために死んだ」のだ。他方、明治維新の功労者だった西郷隆盛はまつられていない。それは彼が西南戦争で天皇(明治政府)と戦ったからだ。

 1978年に靖国神社は、東條英機などのA級戦犯を合祀した。このあと昭和天皇は参拝をやめ、現在の天皇は一度も参拝していない。これについては昭和天皇が「親の心子知らず」と批判したメモが残されており、合祀を問題視して参拝をやめたものとみられている。あるじの天皇が参拝をやめたのだから、首相もやめるのが常識だろう。

 慰霊のためなら、国立の千鳥ケ淵戦没者墓苑に墓参すればいい。昨年10月にアメリカのケリー国務長官とヘーゲル国防長官が来日したとき、わざわざ千鳥ヶ淵で献花したのも「こっちなら政治的に問題ない」という意思表示だろう。安倍首相はこれを公然と無視して靖国参拝を決行したが、それで何が得られたのだろうか。

 喜んだのは韓国だ。朴槿恵大統領は歴史問題や領土問題でかたくなな態度を取っているが、国内経済が不振で日本との関係修復を迫られていた。もう少し日本側が自重すれば、日韓首脳会談も実現したかも知れない。中国も「強烈な抗議」を表明した。彼らは外交上の手詰まりを日本のせいにすることができ、喜んでいるだろう。

 面目まるつぶれになったのはアメリカだ。大使館がホームページで「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」と異例の不快感を表明した。安倍首相は参拝についてアメリカ側と事前に協議しなかったといわれており、これは国務長官と国防長官の忠告を無視したと解釈されてもしょうがない。

 慰霊しても、死者は帰ってこない。ドライにいうと、靖国神社にまつられている「英霊」はサンクコスト(埋没費用)である。1930年代に、対米交渉で中国からの撤兵を要求したアメリカに対して、東條英機陸軍大臣は「ここで引き下がったら英霊に申し訳が立たない」と拒否し、結果的には300万人以上の英霊をつくってしまった。

 もちろん死者をとむらう気持ちは大事だが、もっと大事なのはこれから新たな英霊を出さないことだ。安倍首相は国家安全保障戦略でも「愛国心」を鼓舞しているが、戦略とは相手の出方を計算して合理的に立てるもので、愛国心とは別だ。「英霊をとむらう」という感情論で日米同盟を壊すのは本末転倒である。

 相手の戦力も考えないで、愛国心だけで突撃しても戦争には勝てない。国益のためには、不愉快な自重も撤退もするのが戦略的行動だ――特攻隊やバンザイ突撃で死んだ英霊は、感情論の先行する戦争の愚かさを教えている。その教訓に学ぶことが、彼らの死に報いる道ではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ANA、エアバス機不具合で30日も6便欠航 2日間

ビジネス

アングル:「AIよ、うちの商品に注目して」、変わる

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 A

ワールド

アングル:平等支えるノルウェー式富裕税、富豪流出で
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    香港大規模火災で市民の不満噴出、中国の政治統制強…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story