コラム

アベノミクスという「偽薬」で上がったのは株価だけだった

2013年12月24日(火)19時33分

 2012年12月26日に安倍内閣が発足して、まもなく1年になる。この間に「アベノミクス」で株価は急上昇したが、日本経済は本当によくなったのだろうか?

z.gif

日経平均(赤)とダウ・ジョーンズ(青)とドル/円(緑)出所:Yahoo!ファイナンス

 図のように日経平均株価は1年前に比べて50%以上も上昇し、6年ぶりの高値をつけた。これは世界の投資家から無視されていた日本株が見直され、円が下がって割安感が出たためだろう。しかし株価はドル/円とも大きく乖離し、バブルともいわれるアメリカの株価よりはるかに高い。

 この株高が実体経済を反映しているなら結構なことだが、今年7~9月のGDP(国内総生産)速報値では、実質成長率は年率1.1%と今年前半から大きく落ち込んだ。個人消費は0.2%増、設備投資は0%増、輸出は0.6%減だ。増えたのは公共投資の6.5%が突出して大きく、住宅投資の2.6%増がそれに次ぐ。

 他方、貿易赤字は17カ月連続の赤字になり、2013年度は通年で約12兆円の赤字になる見通しだ。このように円安でも収益が拡大しない最大の原因は、日本がもはや「貿易立国」ではなく、輸出産業が海外生産に移行したためだ。製造業の海外生産比率は約20%で、今やテレビも9割は海外の工場で製造した輸入品である。

 このように「空洞化」が起こっても、付加価値が日本に還元されればいいのだが、そうなっていない。日経平均に組み込まれている輸出産業の収益は大きく上がったが、輸入コストの上がった中小企業の収益は落ち、日本経済の「二重構造」の格差は拡大した。

 アベノミクスの実態は、日銀の量的緩和だけだ。この1年でマネタリーベース(日銀の供給する通貨)は130兆円から190兆円へと激増し、GDP比では世界一だ。これは確かに「異次元」だが、その結果は白川総裁の時代と大して変わらない。

 金融政策の効果を示すコアCPI(食料・エネルギーを除く消費者物価指数)は、マネタリーベースを50%も増やしたのに、0.3%しか上昇しなかった。日銀の指標とするコアCPI(生鮮食品を除く)上昇率も、0.9%と頭打ちだ。日銀の黒田総裁は「2%のインフレ目標達成への道はまだ遠い」と認め、2014年末という期限を先送りしたが、先送りしても2%は無理とみる専門家が多い。

 そもそも上の図を見ればわかるように、株価の動きは、単調にマネタリーベースを増やしてきた日銀の金融政策とは無関係に、為替レートやアメリカの株価などの動きを拡大した形で動いている。浜田宏一氏(内閣官房参与)も認めたように「景気がよくなればインフレなんか必要ない」のだ。

 しかし株価が1年で50%以上も上がる現象は、1980年代後半のバブル期にもなかった。上昇率が最高だった1986年でも47%だ。今の株価は絶対水準ではバブルとはいえないが、上昇率は異常である。80年代後半の実質成長率は、年率5%以上だったのだ。

 要するに「アベノミクス景気」は、円安・株高による「期待」で資産価格が上がっただけで、実体経済は1%程度の低成長にとどまっているのだ。これは危険な兆候である。長期的にはどこの国でも、株価上昇率は名目成長率との相関が高い。80年代後半に日経平均は3倍になったが、名目GDPは30%しか上がらなかった。このギャップが、90年代のバブル崩壊で調整されたのだ。

 もちろん「アンチビジネス」でバラマキ福祉しか経済政策のなかった民主党政権に比べれば自民党政権のほうがましだが、今までの景気上昇は民主党がひどすぎたことの反動と、安倍政権に期待する心理的な偽薬効果である。

 「病は気から」だから偽薬もきくときがあるが、病気はなおらない。偽薬で症状を抑えているうちに、病気が悪化することもある。雇用規制の緩和は先送りされ、薬のネット販売はまた禁止され、原発はいまだに動かない。来年になって偽薬の効果が切れると、病気がぶり返すのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国と貿易合意可能とトランプ氏、電話会談は「友好的

ワールド

ロシア国連大使がユニセフ非難、ガザの子ども惨状を軽

ワールド

米財務省、債務上限回避で新たな特別措置 Gファンド

ビジネス

アングル:中銀の国際的気候変動対応、FRB「脱落」
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 6
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 7
    電気ショックの餌食に...作戦拒否のロシア兵をテーザ…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 10
    【トランプ2.0】「少数の金持ちによる少数の金持ちの…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story