コラム

値上げと同時に値下げする電気代に隠された電力会社のトリック

2012年02月02日(木)20時04分

 電気代の値上げをめぐって、ドタバタが続いている。東京電力は4月から企業向けの大口電力の料金を値上げする方針を表明したが、西沢社長が記者会見で「料金の申請というのは、われわれ事業者としての権利ですので・・・」と述べたことが利用者の反発を呼び、西沢氏は1月31日、古川経済財政担当相に「至らぬところがあった」と謝罪した。

 しかし西沢氏の発言は正しい。大口電力(50kW以上)は自由化されているので、政府に料金を認可する権限はなく、東電は自由に値上げする権利があるのだ。それがいやなら、利用者は他の独立系発電会社(PPS)に変更すればいい、というのが原則論である。

 問題は、競争が起こっていないことだ。PPSなど電力会社以外の販売電力量シェアは、全国で3.5%しかない(2010年)。この最大の原因は、電力会社がPPSから徴収する託送料(送電線の使用料)が高いことだ。託送料は規制料金だが、高圧電力で4.89円/kWh。電力会社の大口電力料金は全国平均で13.65円だから、託送料は料金の36%にのぼる。

 電力事業はインフラ投資の固定費が大きいため、規模の利益が非常に大きい産業である。電力会社は多くの企業に送電するので単価が安いが、PPSの利用者は少ないので、電力会社より安い料金を出すのがむずかしく、もうからない。今あるPPSは、鉄鋼やガスなどの重厚長大企業が工場で発生する熱を利用する副業としてやっているのがほとんどだ。

 他方、東電は小口の電気代を1月から値下げし、標準家庭で25円安い月額6870円になる。これは燃料費の変動を毎月の料金に反映させる「燃料費調整制度」によるもので、原油価格などが円高の影響で下落したためだ。原発の停止で燃料費は大幅に増えているのに、小口はそれを電気代に転嫁できない。これは大口が自由化されているのに対して、小口(50kW未満)が規制料金だからである。

 よく電力会社が「総括原価方式」だといわれるが、それは小口だけの話で、大口は自由競争である。電力会社は、この二重構造を利用して高い利潤を上げてきた。図のように東電の規制部門(主に小口電力)の販売電力量は全体の38%だが、営業利益の91%は規制部門から上がっている。実質的には、小口の黒字で大口の赤字を補填しているといわれる。

(図)東電の収益構造(過去5年度平均)経産省調べ
tepco2.JPG

 2000年代初頭の電力自由化をめぐる経済産業省との攻防で、電力会社は大口電力の自由化を許したが、小口の自由化を先送りした。つまり規制されている小口料金を高くしてもうける一方、自由化された大口料金を安くして託送料を高くすることでPPSの参入を防ぐ巧妙なトリックなのだ。これは通信でいえば、(黒字の)長距離電話の料金を規制して(赤字の)市内電話を自由化するようなもので、参入が起こるはずがない。

 電力自由化といえば、最近は発電と送電の分離がよく論議になるが、かつて経産省が村田事務次官を初め総力をあげてもできなかった発送電分離が、今の足元のふらついた民主党政権にできるとは思えない。競争促進のために重要なのは、電力会社の独占利潤の源泉になっている小口電力の自由化なのだ。これはもともと自由化のスケジュールに組み込まれていたことを予定通りやるだけなので、政治的には発送電分離より容易であり、効果も大きい。

 ただ小口電力は通信と同じく、電力計などの「最後の1マイル」への投資が莫大な額になるので、参入は容易ではない。この点でスマートメーターの導入は、小口電力自由化のチャンスである。電力会社は自社しか使えない「ガラパゴス型」のスマートメータを導入しようとしているが、経産省や総務省は全国共通の標準化されたメーターにすべきだと主張している。

 スマートメーターを標準化してPPSも同じ条件で使えるようにすれば、発送電を分離しなくても、新しいPPSが小口電力に参入できる。通信自由化でも、NTTを分割しなくても回線の開放規制だけでソフトバンクが参入できた。目的は競争を促進して電力コストを下げることであり、インフラはその手段にすぎない。電力業界を改革するには、「東電解体」を叫ぶより電力自由化の徹底によって競争にさらすことが本筋である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナのロ大統領公邸攻撃「起きたと

ビジネス

米ブリッジウォーター、25年利益は過去最高 旗艦フ

ワールド

トランプ氏「キューバは崩壊寸前」、軍事介入不要との

ワールド

安保理、ベネズエラ大統領拘束の正当性焦点 米は責任
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 2
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    2026年の節目に問う 「めぐみの母がうらやましい」── …
  • 5
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 6
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「対テロ」を掲げて「政権転覆」へ?――トランプ介入…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story