コラム

日本郵政の社長人事が暗示する財政の「Xデー」

2009年10月22日(木)11時03分

 政府が日本郵政の社長に元大蔵次官の斎藤次郎氏を起用した人事は、多くの人を驚かせたが、これは先日の概算要求と一体で考えると意味深長である。概算要求で95兆円、金額を明示しない「事項要求」を含めると実質97兆円以上にふくらんだ来年度予算は、財政破綻の可能性を示しているからだ。

 現在の長期金利は1.3%台と落ち着いているが、以前の記事でも書いたように、この金利は財政の維持可能性リスクを反映しない「バブル」になっている疑いがある。国債を買っているのは個人投資家ではなく郵貯や銀行なので、「金融村」の群衆心理で相場が維持されているのかもしれない。国内で94%が消化され、合理的な運用を行なう外国人投資家がほとんど買っていないことも、その疑いを裏づける。

 バブルは自己実現的だから、金融村の錯覚が横並びで維持されているかぎり大丈夫だが、過去の経験からみると、最終的には需給の限界を超えると一挙に崩壊し、投げ売りが始まると暴落する。どこにその限界があるかは不明だが、片山さつき氏によれば「マーケットのキャパは120兆円」だというから、来年度の国債発行で借り換えを含めて135兆円を超す国債が発行されると、これをはるかに超える。

 今回の日本郵政の社長人事は、これに備えたものと考えることもできる。国債が市中で消化しきれなくなった場合、まず日銀に買い入れを要請するが、これも金融政策としての節度を超えられない。日銀に国債を強制的に引き受けさせることは財政法で禁じられているが、国会決議があれば可能だ。しかしこれは政治的なリスクが大きいばかりでなく、そんな決議をすること自体がバブル崩壊のきっかけになる可能性もある。

 そこで日本郵政が出てくる。今でも保有資産の8割が国債で、西川社長はこれを減らして効率的な運用や融資に変えようとしていた。それを大物の大蔵省OBに変えた背景には、日本郵政の企業としての合理性を無視して、国債を最大限に引き受けるねらいがあるとも解釈できる。これは実質的には、郵政民営化を白紙に戻すに等しい。

 そもそも郵政を民営化した最大の理由は、財政投融資が特殊法人などを支える「隠れ財政赤字」となっていた状況を是正し、財政規律を取り戻すことだった。そのねらいは、実質的には2001年に資金運用部が廃止されて郵貯が自主運用に切り替えられたとき、実現した。資金運用部が郵貯に供給していた0.2%の利鞘がなくなり、郵貯が国債だけを保有していては、預金金利が上がったとき逆鞘になるリスクが出てきたからだ。

 しかしその後も低金利は続き、長期不況で他に融資先もなかったので、郵政公社や日本郵政になっても、国債に片寄った運用は是正されなかった。さらに今度の社長人事で、郵貯が国債の比率を高める可能性もある。それは国債バブルの崩壊する「Xデー」を先送りする危機管理策としては意味があるが、財政赤字は先送りするとさらに大きくなる。財政が破綻した場合の日本経済に及ぼすダメージは、90年代のバブル崩壊の比ではない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story