コラム

習近平の新時代へ

2012年11月20日(火)08時49分

 とうとう、胡錦濤の時代が終わり、習近平の時代が始まった。5年前の中国共産党の党大会で次期指導者として指導部メンバー入りして以来、その動向が注目され、どのような時代が来るのか、世界中のメディアの憶測を呼んできた習近平。世界の主だったメディアは今回の党大会に先駆けて10月頃から次期指導部を占う予測記事を集中させてきた。

 今回習が選出されたのは中国共産党総書記という役職で、完全に胡錦濤の職を引き継ぐのは来年3月に開かれる全国人民代表大会で国家主席に選出されてからである。だが実際にはすでに胡錦濤の陰は一挙に薄くなり、習の動向に人々の目は釘付けだ。前回のこの欄で触れた某ネットユーザーの予測通り、胡は軍の指導権を持つ党軍事委員会トップの職も習に明け渡して「裸退」したため、それも仕方ないが。

 実のところその習がどんな人物なのか、まだそれほどよく知られていない。老共産党幹部の子弟「太子党」であることは客観的事実なので明らかだが、これは政党や派閥ではなく出自を指すものだから彼自身の「政治傾向」とはいえない。胡錦濤の前任、江沢民に近い、いや江派だよとも言われるが、日本のメディアは新しい指導部メンバー7人のうち、彼と王岐山が太子党、李克強を(胡錦濤と同じ)「共産青年団」出身とし、残りの4人を「親江派」と書いている。つまり、前述の3人はただ「出自」だけ、後者は「政治傾向」というラベル。だが、王岐山にしても2003年のSARS禍の際に南の果て、海南省から北京市長(当時は代理)として引き抜かれて10年近く胡錦濤の膝下にいたのだから、胡氏と相容れないわけがない。

 そんな習氏が新指導部メンバーとともに内外の記者の前に姿を表して行ったスピーチの内容は、わたしにとって「新鮮」という意味で興味深いものだった。

 というのも、中国の政府関係者のスピーチといえば、これまでずっと「これぞ中国よね!」的な語句がずらずら並び、聞く者、読む者、翻訳する者をけむにまき、結局「行間」を読んだ者勝ちというスタイルが普通だったからだ。具体的にどういうことかというと、たとえば10年前に胡錦濤は総書記就任記者会見では挨拶の後、こんなふうにスピーチした。

「我々は必ず、党の全同志の重き委託と全国人民の期待や希望を裏切ることなく、鄧小平理論の偉大な旗を高く掲げ、全面的に『3つの代表』の重要思想を貫き、真摯に第16回党大会が提起した各任務を推し進め、全党、全国各民族の人民と緊密に団結し、依頼し、過去を引き継ぎ未来につなぎ、時代とともに歩み、全面的な小康社会(ゆとりある社会)の構築、社会主義現代化の加速推進、中国の特色ある社会主義事業の新局面打開のために努力、奮闘いたします」

 我々日本人はこれを読んでもなぞなぞのようでよく意味がわからない。漢字圏の我々でもこうなのだから、英語圏ではどう翻訳されているのだろうと不思議なくらいだが、ここに散りばめられた言葉は中国ではある種の記号として人々の頭に日々刷り込まれており、体験上「耳障り」の良い「聞き慣れた」言葉で、人々はそれほど奇妙には感じない。が、その具体性については想像するしかなかった(というか、そこのところが過去の中国分析の醍醐味とされてきた)。しかし、習近平のスピーチはこう始まった。

「党の全同志の重き委託、全国の各民族人民の期待と希望、これらは我々がきちんと仕事を行なっていく上で心を奮い立たせるものであり、また我々の肩の上にかかった重い責任でもあります」

 これは意訳ではなく、実際にこう言っている。習近平がこの就任演説とも言えるスピーチで、過去歴代指導者が唱えてきた政治スローガン(毛沢東理論、鄧小平理論、そして江沢民の「3つの代表」、さらには胡錦濤の「科学的発展観」)に触れなかったことは画期的で多くの人たちを驚かせた。べたべたと歴代指導者を笠に着ることのない、非常に斬新なスタイルだったといっていいだろう。胡錦濤なんか、スピーチの80%以上がそれらの羅列である。

 この習のスピーチの「平易な言葉遣い」はその後も続いた。

「我々の民族は偉大な民族です。5千年あまりの文明発展の歴史において、中華民族は人類文明の進歩に拭い去ることのできない貢献をしました。近代以降、我々の民族は度重なる苦難を経験し、中華民族は最も危険な時を迎えました。それ以来、中華民族の偉大な復興の実現のために、多くの人々が意気高く戦ってきましたが、そのたびごとに失敗したのです」

『我々の「失敗」』という表現を、就任早々の縁起と威勢の良い(はずの)演説というタイミングで使った指導者はこれまでいなかった。ある意味、ここで「中華民族の挫折」を「他者の罪悪」になすりつけずに触れたことは注目に値する。過去「挫折」について触れる時、必ず「列強大国」「侵略」という形で「相手の悪どさ」を自分たちの勲章にしてきたのだ。そして習はこう続けている。

「我々の責任は、団結し、党全体、全国の各民族人民を指導して、歴史のバトンを受け取り、中華民族の偉大な復興の実現のために努力、奮闘し続け、中華民族がさらに力強く世界の民族の森の中で自立し、人類のために新たに、さらに大きな貢献を行なっていく事です」

 一部の日本メディアはこの部分に過敏に反応し、「『中華民族』という言葉を繰り返して使い、大国志向を強調した」と伝えているが、その一方で台湾紙「中国時報」はこのスピーチを「『人民』という言葉を19回も使い、『人民の麗しい生活に対する憧れ』を中国共産党の奮闘目標だと強調した」と評している。原文を読めない(聞き取れない)日本人読者はその内容を理解するにはメディア報道に頼るしかないが、その切り取り方、そしてその論じ方によってイメージが大きく違ってくる、という好例であろう。

 そして、習はこの「麗しい生活に対する憧れ」をこう表現した。

「我々の人民は生活を熱愛し、さらに良好な教育、さらに安定した仕事、さらに満足な収入、さらに頼り甲斐のある社会保障、さらに高水準の医療衛生サービス、さらに快適な居住条件、さらに美しい環境を希望しており、子どもたちがさらに良好に成長し、仕事がさらにうまく行き、生活がさらに良好であることを望んでいる。人民の麗しい生活への憧れこそが我々の奮闘目標である」

「奮闘目標」について10年前の胡錦濤は、「(前任者の)江沢民同志による第16回党大会上での報告は過去13年の基本的経験を系統づけて総括し、全面的に『3つの代表』重要思想の貫徹という根本的要求について論述し、明確に今世紀初頭20年の我が党と国家の奮闘目標、さらに経済、政治、文化、国防、祖国統一、外交と我々の党の独自建設などの各面の方針政策を提起した」と述べている。やはり、日本人にはよくわからない。

 習近平はさらに共産党内部についてもこう触れている。

「新しい形勢下において、我々の党は多くの厳しい挑戦に直面しており、党内には多くの解決が急がれる問題が存在している。特に一部党員幹部の中で起こっている汚職腐敗、形式主義、官僚主義などの問題については必ず、大きな気力を持ってして解決しなければならない。党全体が意識して目をさまさなければならない」

「鉄を打つには自身が硬くなければならない。我々の責任とは、党の全同志と一緒に、党が党を管理し、厳しく党を管理し続け、自身に存在する大きな問題をきちんと解決し、仕事のスタイルをきちんと改め、密接に群衆とつながり、我々の党は中国の特色ある社会主義事業のしっかりとした、強大な指導的核とならなければならない」

 習はこの就任演説で非常に平易な言葉を使っているが、「改革」という、ある種これまで散々取りざたされてきた言葉は出現しなかったのは日本メディアを含め、多くの海外メディアが指摘するとおりだ。だが、全体の言葉がわかりやすくなった分だけ、「改革」という一語は政治スローガンと共に消え去り、逆に彼が考えている「改革」の内容は具体化したように思える。上記の内容はつまり、党内の汚職、官僚主義を認め、それを管理していくことを強く述べている。ここで習はまず党内改革を語っている。

 だが、確かにここで「体制改革」について触れていない。だが、大規模な体制改革は大きな痛みを伴う。中国共産党の瓦解を期待する人たちが多くそれを求めていることからも分かるように、体制を改革すれば、共産党の影響力低下につながりかねない。逆に言えば、中国の政府外の人間が期待する形の「体制改革」を中国共産党自らが口にし、実行する訳がない。そう見れば、いわゆる「習式改革」は上記の言葉で十分に明らかになったと言える。

 問題はそれを「十分」と見るか、それとも不満と考えるか、である。当然、それは日常の人々の立ち位置で大きく変わってくる。

 相変わらず日本のメディアはこれに対する庶民の視線を伝えていないが、いつもは中国政府に批判的なフランスのラジオ局などは習の演説がわかりやすい言葉を使ったことで「ネットユーザーにはおおむね好評だった」と伝えている。さらに社会問題を研究する学者も「平易で具体的だった」と一定の評価を行なっている。習のスピーチが、中国社会において予想を覆すほどの「喜び」をもたらさなかったことは確かだが、多少の新たな「驚き」はあった、そんなイメージを受ける。

 冒頭に書いたように胡錦濤が職務をすべて習近平に引き渡したことで、今後ゆっくりと習のカラーが明らかになっていく事だろう。当時、就任直後にいちいち前任者の江を称える言葉を吐き続けた胡にすら、人々は総理となった温家宝とともに「民主化」の期待を持ち続けた。ある意味潔く退いた胡錦濤と古臭く分かりにくい慣習にこだわらない習近平ははっきりと時代の転換を人々に印象付けたのは間違いない。

 これからどんな時代に入っていくのか。じわじわと現れるだろう変化を期待しつつ、見守って行きたい。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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