コラム

「親日」か「反日」かでは語れない領土問題

2012年08月20日(月)19時29分

 香港人活動家の尖閣上陸で始まり、19日の日曜日には中国各地での反日デモにまで発展した騒ぎに、「これからどうなるのだろう」と感じている日本人は少なくない。わたし個人は逆に中国人の方が泰然としているという気がしている。というのも中国人はある意味、単純明確に「領土問題」としてこの事件をとらえているのに対して、逆に日本側には見えていない点があまりにも多く、その状態で解読しようとすればするほどわからなくなり不安に結びつく、つまり「知らないこと」が猜疑を生んで怖れや戸惑いに結びついているように見える。

 今回まず明らかになった「不明点」は、日本社会には尖閣(中国では「釣魚島」、台湾や香港では「釣魚台」と呼ぶ。本稿では中国側視点を紹介する場合は「釣魚島」で統一する)を巡る領土紛争についての認識に大きな誤解があることだ。

 活動家の上陸が伝えられた瞬間から、ツイッターなどでは「反日」という言葉が飛び交い出した。その中には「なぜ?」と困惑する声が混ざっていた。今回尖閣に上陸した活動家が香港人であることに、「本当の香港人じゃないはず」とか「香港にいる中国政府(共産党)のスパイ」という憶測が飛び出し、実際に一部メディアもそういった視点で報道した。

 だが、この「なぜ?」はなぜなのか。香港は中国の一部になったけれども、もともとは西側の土地だから? 実際に自分が香港に行ったことがあるから? 香港では日本ブームで日本理解が進んでるから? 香港は中国に反感持ってるんじゃないの?...少なくとも「なぜ?」を発した人には、「観光地として人気の、あの香港が『反日』なんてありえない」という思いがあった。

 尖閣に上陸した5人(実際には7人が上陸したが、そのうち2人は香港のテレビ局の記者だといわれる)のうち、中心人物の曾健成氏、古思尭氏の2人は昔から中国政府に対し、民主化や天安門事件の再評価を声高に求め続けてきた、香港ではよく知られる民主活動家である。実際にわたしはこの2人が、今年7月1日の香港返還15周年記念式典に参加するために香港入りした胡錦涛国家主席が宿泊するホテル前で行われた、元天安門事件活動家の李旺陽氏の不審死事件真相追及要求デモで先頭に立ってシュプレヒコールを上げているところを近距離で目にしている。

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中央のシャツを着たひげの男性が曾健成氏 (c)Furumai Yoshiko

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壇上の赤いシャツを着た男性が古思尭氏 (c)Furumai Yoshiko

 そんな彼らは間違っても「香港にいる中国政府(共産党)のスパイ」ではない。さらに彼らは、香港人が中国入りするときに使うパスポート代わりの「回郷証」を没収され、中国に入国できない身であることは、香港人なら誰もが知っている。だからこそ、彼らは北京ではなく香港に強制返還された(だから、彼らを知る香港人の間では「日本が彼らを中国に強制送還すれば感謝されるかも」というジョークがまことしやかに流れていた)。

 香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」の報道によると、曾健成氏が設立した「保釣行動委員会」の運営資金は募金で賄われており、そのスポンサーには中国の全国人民代表大会香港地区代表(議員)、梁振英行政長官や曾鈺成香港立法会主席など香港でも明らかに親中派と言われる人たちだけではなく、民主派に属する公民党の余若薇主席や、香港市民の間で行政長官就任が高く期待された范徐麗泰元立法会主席も名前を連ねていると、同委員会の関係者は語っている。

 一方、中華人民共和国政府の執政が直接及ばない台湾でも、「釣魚島保衛運動」が続いており、馬英九台湾総統もかつて参加していたことはよく知られている。同氏の総統就任時にそれを引き合いに出して、「反日」と形容した日本メディアもあった。今回の上陸活動でも、台湾「釣魚島保衛活動」の運動家が合流することになっていたが、最終的には政府に出港を阻止された。

 もうお分かりだろうか。つまり「釣魚島は中国固有の領土」という主張は、中国共産党あるいは中華人民共和国政府だけではなく、政治的立場を超えて広い華人社会で共有されているのである。それは中国共産党を支持するかどうかとは関係なく、ほぼ世界各地に散らばる中国の血を引く華人社会、あるいは華人として教育を受けた人たちにとって「常識」で、この点だけで簡単に彼らを「反日」や「共産党のスパイ」などと単純にくくってしまうなら、逆に世界中の華人社会を「反日」と呼ぶのに等しい。

 逆に言えば、台湾や香港、あるいは中国大陸の「日本の文化や習慣が好き」という、「親日的な」華人にとって、そんな気持ちと「釣魚島は伝統的な中国の領土」という考え方は矛盾しない。一方で日本人を振り返ってみても、日頃から台湾や香港、さらには中国大陸の文化や習慣が大好きな人でも、「尖閣諸島は日本固有の領土」と思っているのだから、相手が「親日」であることと、日本人の主張すべてを「理屈なしに受け入れる」は別の話なのだと分かるはずだ。

 現実にはわざわざそんなお互いの「違い」を相手の目の前で唾を飛ばして主張する必要はないよ、と考えている人は、日本だけではなく、香港や台湾、さらには中国でもかなり多く、そうやって我々の多くはうまく付き合ってきたのである。

 実はわたしは現在発売中の朝日新聞社の「Journalism」という雑誌に、最近、日本批判に結びつかない中国メディアの視点の変化について書いている(編集部がそれに「反日デモが起こらない理由」というサブタイトルをつけているが、あくまでもテーマは「中国メディアの対日報道の変化」である)。その取材中、中国のメディア関係者が異口同音に口にしたのは、「釣魚島の問題は古臭く、同じことの繰り返しばかりで、日本で国有化の話が起こっていても新たに論ずるほどの論点も新鮮味もない」と断言した。

 中には日本の実効支配の現状を黙認したうえで、「興味ない」と答えた記者もいた。国内問題が山積みし、もっともっと知るべき海外のニュースがたくさんあり、また取材ソースも広がっている彼らの興味を引く出来事を前に、じくじくと日本批判を続けることに報道者自体が飽きており、かつてのような五月雨式の政治的論調はもうありえないと、申し合わせたように取材者全員が言ったのは逆に新鮮だった。

 だが、そのうちの一人は「もちろん、永遠に無関心というわけではないだろう。新しい展開が起これば話は別」と付け加えた。

 その「新しい展開」というのが、香港人活動家の上陸に触発されて19日朝に起こった、日本人グループの尖閣上陸だったのか。この事件が報道されると、もともと実施が予告されていた「釣魚島で香港人を逮捕した日本への抗議デモ」が広州、深セン、成都、杭州など多くの都市で大規模化し、行動も激しいものになった。

 だが、この日のデモを単純に2005年に北京や上海のような大都市で起こった反日デモや、10年の尖閣沖漁船衝突事故後に起こったデモと「同じ」「また」と見るのはちょっと違うと感じている。簡単に言えばこの二つは明らかな官製デモだったが、今回は官製というよりも「政府に黙認された民間の声」の感がある。そしてなによりも参加者の態度とそれを見つめる社会の目が大きく違う。

 05年は政府のバックアップを受けた反日的な性格の強いグループがネットを使って呼びかけ、それを受けて反日気分に火がついた人たちがお遊び半分に「日本製品ボイコット」を叫び、沿道で目に留まった日本車や日本料理店を破壊した。社会は経済発展とオリンピックに向けて上昇気分にあり、当時「白領」(ヤングエグゼクティブ)と呼ばれてその先端を走っているつもりの人たちがお祭り気分で騒ぎ立てた。もちろん、彼らにはその行為が社会に与える影響などの意識はほとんどなく、ただ「楽しさ」と「正義感」を味わって家に帰った。逆にそんなお祭り気分だから、その後も無責任な「嫌日気分」を振りまき続けた。

 2010年の場合も最初は間違いなく、日本に対する「懲らしめ」を意識した当局の意図に突き動かされてデモは始まった。05年とは違い、社会意識が芽生え始めた北京や上海などの大都市ではなく、まだ思考回路が単純な地方都市を中心に組織されたが、お気軽に市民を煽って始めたはずのデモが五月雨式に広がると同時に参加者の層も変化し、不動産高騰や汚職に対する政府への不満を書いたプラカードが出現した。そんな民主化要求デモになりかけたところで慌てた当局が抑え込んで収束させたが、この時の反省から中国当局は大型の「官製デモ」を組織することにとても用心深くなった。

 今回が「違う」というのは、もともと反日意識の強い人物やグループが中心になって呼びかけたのは間違いないが、最初はそれほど大した規模になるという予想は出ていなかった。しかし、日本人の尖閣上陸が伝えられて人数が広がった感があり、それは「挑発された」と感じた人たちの瞬発的な行動だったように見える。

 さらに、現在中国国内には05年よりも10年よりもさらに深刻な経済、社会問題が明らかになり、またそれに苦しんでいる人たちがいる。先月起こった南通王子製紙の排水管工事に反対する啓東デモ事件でも見られたように、人々の怒りはすぐさま政府に向かいやすくなっている。

 そんな中、暴れたと言えども事態がほぼ「日本」に関するアイテムに集中していたことはきちんと見分けるべきだと思う。05年のようなおちゃらけ気分ではなく、しかし10年のような路線変更もなく、「日本」に焦点を合わせたその活動は、ある意味、過去のデモよりも「目的を持った成熟したデモ」と言えるかもしれない。

 デモは政府の黙認の下、しかし厳しい監視下で行われた。深センなどでは日本車のパトカーがひっくり返されたのは、反日とも政府当局に対する不満とも取れないことはない。だが、中国政府にとって「成功裏にテーマを反日に抑え込んだ」といえるデモとなった。

 これから事態はどうなっていくのか。

 正直な話、今回のデモのその後を日本人がそれほど恐れる必要はないと思う。05年の方が「正義感だけ」だったのでもっと他者の存在に無関心だった。今回も同様に日本料理店や日本車が襲われたが、その一方でそれを冷たく見ていた人も多くいる。今では社会的にそのような行為がどういう効果を及ぼすかを考えている人が多くいる。実際に多くの人たちが中国社会における日本の「見える」と「見えざる」重要な役割を論じていた。さらに一方で、香港や台湾の社会は非常に冷静に「日本人の尖閣上陸」を見ている。

 だが、もし日本がこれを挑発と取って再び挑発を返せば、怒りがだんだん終え広がっていくことは十分想像される。日本はここで敢えて「華人社会の常識」に挑戦し、挑発し、その反撃を受ける準備ができているのか。我々が真剣に心配すべきなのはここだろう。挑発を繰り返せば、反撃も大きくなる。14億とも15億とも言われる華人社会を相手に「尖閣問題を戦う」ことが、今の日本にできるかどうか、必要なことなのかどうか、それをきちんと考えるべきときではないだろうか。

 もちろん、19日のデモのスローガンにもあったように、我われが「国土に草が生えなくなっても尖閣諸島を守りきる」つもりがあるのなら別だが。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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