コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(2/3)──母親より自分のことを知る存在にどう対処すべきか

2020年07月16日(木)14時25分

ハラリ 伝統的な学校のやり方では、我々は音楽の授業に行かなければなりません。音楽の授業は毎週火曜日の11時からです。そう決まっています。この時間に新しい種類の音楽に触れることに決まっているわけです。

しかし火曜日の11時は、かなり疲れていたり、何か気になることがあるのかもしれません。私にジャズやインドネシアのガムラン音楽を紹介するには、最悪の時間帯になるでしょう。一方、AIはその日の夜の7時は、私が新しい体験にオープンであるを知っています。なので、その時間帯に新しいジャンルの音楽をかけてきます。

このように人間をハッキングするということは、必ずしもそれまでの好みや偏見の中に閉じ込めてしまうということではなく、今までにない多様性や探究心につなげることも可能です。つまり、AIメンターは、様々な方向に向かう可能性があるわけです。

タン 私は完全に同意します。私が直線的な進行と言ったとき、私は単に「彼ら」の代わりに「それ」でAIを参照していることを単数代名詞で言及しているだけです。

私が言いたいことはこうです。例えば私の個人の携帯電話は、このフィーチャーフォンです。タッチスクリーンもないので、ケータイに夢中になってしまうことはありません。あなたはどうかな?(笑)私はタッチスクリーンには、大変な中毒性があると思っていますし、ケータイに夢中になるのはあまり好きではありません。

フィーチャーフォンを持つことで私は、この携帯電話からの入力帯域幅を意図的に制限しているわけです。このことによってこのデバイスはおそらく、ユヴァルが先ほど説明したような私の好みにあう情報や、逆に新しい興味の対象外の情報を判断するような十分なデータを集めることはできないでしょう。それは技術的用語では「混合意志」といいますが、私の時間や私のコミュニティの中から「混合意志」を見つけることができなくなります。

このように十分なデータがないので、AIが私の好みを当てずっぽうに推測しようとすると、まず外れるでしょう。ときには笑ってしまうほど外してくるでしょう。なのでAIの推測結果を私はまったく気にしません。

これは医療用マスクをつけているようなものです。マスクが細菌やウイルスから我々を守ってくれるように、わたしを(無用なレコメンデーションから)守ってくれます。また例えばFacebook Feed Eradicatorと呼ばれるプラグインをインストールすると、Facebookアプリやウェブサイトから不要なFacebook自動フィードを削除してくれます。

Facebook上で何かを検索したりライブストリームを見たりといった、あなたが自らの意図で行うことは従来通りできますが、FacebookがAIを使って自動で表示するもの、予測不可能な部分、あなたの感情やドーパミンなどの発生させるような仕組みは削除できます。

何が言いたいのかというと、社会の主流意見がスパムに対し批判的になるまえに、スパムメールを自動的に削除するようなツールは、昔から存在していました。

最終的には社会の主流意見がスパムの問題について気づき、今日では、私たちはスパムメールについてそれほど心配しなくてよくなりました。

でもそうなる以前から、スパムメールが来た時に、それを読んでスパマーたちに情報を与え、それをベースにまたスパムが来るという悪循環に陥るのか。最初の段階でスパムを拒否することで、スパムが波及効果を起こす前にあなたとあなた自身のコミュニティを守るのか。あなたが選択できたわけです。

情報感染モデルのR値が1以下になってしまえば、これらの悪い情報や悪質な考え方は拡散しません。また社会のためになる情報であっても、我々の脳には入ってきません。我々の意識脳は、異なる情報を調整する役割を持っていると言われています。その調整のためには十分なスペースが必要です。たとえいい情報であっても大量に入ってこないようにする必要があるのです。

(続く)

第3回:ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(3/3)──市民の力で新型コロナウイルスを克服した台湾モデルが世界に希望をもたらす

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プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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