コラム

「チンギス・ハーンの子孫の国」へも越境法執行を始めた中国警察

2023年05月18日(木)18時55分

「拳銃の不法所持」を捏造されたケース

中国はモンゴル人の退路を断とうとして、モンゴル国に浸透していった。既に20世紀初頭からモンゴル国の警察の装備と経費を中国は「無償援助」の形で負担し、コントロールしていた。私の知り合いのモンゴル人医師もウランバートル市内でチベット医学の個人診療所を開き、現地の女性と結婚し、子どもをもうけて静かに暮らしていた。それが、中国の警察に拉致された。伝統的なチベット医学が復活し、内外モンゴルとチベットが連携し合うのを防ぐためだった、とモンゴル国の識者たちは語っていた。

別の事例もある。

2009年の夏。ある内モンゴル出身の青年がウランバートル市内の国営デパートに入ろうとしたところ、「短銃を隠し持っている容疑」で職務質問された。悪質な冗談だろう、と返すと、旅館に戻ってみろと言われた。そのまま警察と旅館に戻ると、なんと自分のベッドの上に拳銃が置いてあるのではないか。結局、彼はその「罪」で内モンゴルへ連行された。今回のラムジャブ氏と同じ、中国からの警察によって目隠しされてから陸続きの道を南へ走り、そのまま中国領に入った。数年間の刑を終えた彼は今、日本で暮らしている。

拉致された作家ラムジャブ氏の苗字ボルジギンは、モンゴル民族の偉大な開祖チンギス・ハーン家のもので、彼がこの「神聖な黄金家族」の後裔であることを示している。今日のモンゴル国はチンギス・ハーンの直系子孫も守れないくらい、中国の属国と化しつつある。

中国に批判的な知識人や言論出版人はどこにいようと、中国の暴力にびくびくしながら生きるしかない。以前は国外に逃れれば安全だったが、今や海外に設置された中国警察の監視下にある。所詮は中国人同士のことだろう、と世界は冷淡に思っているかもしれないが、やがては外国国民でも中国を批判したと見られたら、ある日忽然と姿を消すかもしれない。

広島で開催されるG7サミットでも、中国の暴挙への対策が話題になるだろう。

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送(11日配信記事)豪カンタス、LCCのジェット

ビジネス

豪当局、証取ASXへの調査拡大 安定運営に懸念

ワールド

豪首相、AUKUSの意義強調へ トランプ米大統領と

ワールド

イラン、イスラエル北部にミサイル攻撃 「新たな手法
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story