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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

司法が政治を裁く国、イタリア国民投票

| イタリア司法改革と「検察国家」論争

 イタリアで暮らしていると、日本ではほとんど見ない政治ニュースが日常の風景として流れてくる。現職の市長や州知事が捜査対象になり、ある日突然、政治家が逮捕される。日本では政治家の逮捕は極めて例外的だが、イタリアでは政治と司法が正面からぶつかる光景が珍しくない。

 そのイタリアでいま、司法制度の根幹に関わる改革が国民投票にかけられている。投票日は2026年3月22日と23日。争点は「裁判官と検察官の関係」と「司法権力のあり方」である。日本ではあまり意識されない問題だが、イタリアでは長年続く政治的対立の中心にあるテーマだ。

 議論の出発点は、日本人にはやや理解しづらい制度にある。イタリアでは裁判官と検察官が同じ職業集団に属している。司法試験に合格すると「マジストラート」と呼ばれる司法官になり、その後に裁判官か検察官として配置される。しかも制度上はキャリアの途中で職種を変えることも可能だ。つまり、捜査する側と裁く側が同じキャリアの中に存在している。

 この司法官の人事を握っているのがCSM(司法高等評議会)である。裁判官や検察官の昇進、異動、懲戒処分などはすべてこの機関が決める。政治が司法を支配することを防ぐため、憲法によって強い独立性が与えられている。理念としては非常に理想的な制度だ。しかし現実のイタリア社会では、この制度が別の問題を生んできた。

 それが司法内部の派閥政治である。

 司法界には複数のグループが存在し、CSMの選挙はしばしば派閥争いの舞台になる。人事が能力より勢力関係で決まるという批判は以前からあった。決定的だったのが2019年のパラマラ事件だ。検察官ルカ・パラマラが政治家や司法幹部とともに検察トップの人事を水面下で調整していたことが明らかになり、司法界の信頼は大きく揺らいだ。

 イタリア人の間で広がったのは「司法は閉じた世界で動いている」という感覚である。

 こうした背景の中で提案されたのが今回の司法改革だ。最大のポイントは裁判官と検察官のキャリアを完全に分離することである。現在は同じ試験から始まるキャリアを、最初から別の職業として分ける。支持派は、裁判官と検察官が同じ組織にいる現在の制度では裁判の中立性に疑問が残ると主張する。

 もう一つの柱は、司法高等評議会を二つに分ける改革である。現在は一つの機関が裁判官と検察官を管理しているが、改革後はそれぞれ別の評議会が担当する。そしてさらに議論を呼んでいるのが、CSMのメンバーを選挙ではなく抽選で選ぶという仕組みだ。司法内部の派閥政治を断ち切るための方法として提案された。

 この改革を強く推しているのがメローニ首相である。首相はテレビだけでなくSNSも積極的に使い、国民に直接説明を行っている。
X(旧Twitter)では約13分の動画を投稿し、改革の内容を自ら解説した。


 動画の中で首相は、司法改革は政治の問題ではなく国民全体の問題だと強調している。
司法をより透明で責任ある制度にすることが目的だという説明である。

 しかし反対派の警戒も強い。最大の懸念は、検察の独立が弱まる可能性だ。イタリアでは検察が政治家の汚職を追及してきた歴史がある。1990年代の「マーニ・プリーテ(清潔な手)」と呼ばれる大規模捜査では、政党政治そのものが崩壊するほどの衝撃を与えた。検察が強い権限を持つことは、政治権力に対する重要な監視機能でもある。

 もう一つ見逃せない問題が、冤罪拘束である。イタリアでは無実のまま拘束され、後に国家賠償が支払われるケースが決して少なくない。だが、その原因となった捜査や判断に対して司法官個人の責任が問われる例はほとんどない。司法の権限が強い一方で、責任の所在が曖昧だという批判は長年続いてきた。

 日本からこの議論を見ると、興味深い対照が浮かび上がる。日本では検察の権限が強いと言われながら、政治家の逮捕は極めて少ない。一方イタリアでは、検察が政治の世界に深く踏み込む。つまり日本では政治が強く、イタリアでは司法が強いという構図が見える。

 司法が強すぎれば民主的統制が弱まり、政治が強すぎれば権力の乱用が起きる。その均衡をどこに置くのか。イタリア社会はいま、その難しい問いと向き合っている。

 3月の国民投票は制度改革の賛否を問うだけではない。政治と司法の距離をどう保つのかという問題に、国民自身が答えを出す機会でもある。イタリアの議論を見ていると、司法の独立とは理念の話ではなく、社会の現実と密接に結びついたテーマなのだと改めて感じるのである。

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Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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