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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

防衛費2%と100億ユーロの贈り物、イタリアはどこへ向かうのか

イタリア政府内閣府ライセンス CC-BY-NC-SA 3.0 IT「メローニ首相、アメリカ合衆国を訪問」 ワシントン、2025年4月17日 - イタリアのジョルジャ・メローニ首相は、ホワイトハウスでアメリカ合衆国大統領ドナルド・J・トランプと会談した。

4月17日、イタリアのジョルジャ・メローニ首相は、ワシントンでドナルド・トランプ大統領と会談した。会談は、戦略的なテーマに関する率直で建設的な対話であった。安全保障、国防、不法移民対策、貿易関係に至るまで、多岐にわたる問題が議論された。

メローニ首相は、この機会にトランプ大統領をローマに招待し、その招待が受け入れられたことを喜ばしく報告した。今回の訪問は、両国間の対話をさらに強化する貴重な機会となる。イタリアは急速に変化する国際情勢においてますます重要な役割を果たしている。そして、これまでの努力のおかげで、イタリアの意見は今や世界中で尊重され、耳を傾けられている。

「ジョルジャ・メローニ首相のホワイトハウス訪問は、イタリアにとって前例のない成功である」と、イタリアの同胞党(Fratelli d'Italia)の上院議員団代表であるルチオ・マラン氏は述べた。

トランプ大統領は、メローニ首相の仕事とその権威を高く評価し、イタリアへの訪問の招待を受け入れたことを強調した。トランプ大統領はまた、イタリアは「ヨーロッパで最も優れた同盟国である」と語り、メローニ首相が引き続き首相を務める限り、両国間の関係はさらに強固になるだろうと述べた。

「もしも左派の政府首脳が同じような対応を受けていたならば、その成果は大いに祝われ、どの会見でもスタンディングオベーションを受けていたはずだ」とマラン氏は続けた。「我々にとって重要なのは、メローニ首相がイタリアのために最善を尽くしているということであり、その成功がイタリア国民の未来に大きなプラスの影響を与えることを確信している」とも述べた。

また、「ジョルジャ・メローニ首相の外交手腕は、イタリアを国際舞台でより一層の重要な役割を担う国家に押し上げ、欧米関係において中心的な存在へと導いている」と、イタリアの同胞党(Fratelli d'Italia)の下院議員団代表であるガレアッツォ・ビニャミ氏はコメントしている。
イタリアの国際的な地位が一層強化されたと強調した。メローニ首相の政治的・外交的な手腕によって、イタリアは西側諸国を結束させ、その価値観と行動を再活性化させる重要な役割を担うようになった。過去にイタリアが無視され、従属的だった時代は終わりを迎えたと、ビニャミ氏は語った。

トランプ大統領との会談で発した「2つの約束」がイタリア国内外では注目を集めた。
ひとつは、イタリアの防衛費をGDP比2%にまで引き上げるというNATOの目標達成。そしてもうひとつは、イタリア企業による米国への追加投資100億ユーロ(約1兆6200億円)である。

この2つの提案は、ぱっと見たところでは"同盟国アメリカへの誠意ある協力"とも映る。
だが、その背景と内実をひも解くと、外交的なパフォーマンス、あるいは政治的な駆け引きの要素が強いのではないかという疑念も湧いてくる。
イタリアの国家財政を大きく左右する「防衛費の大幅な引き上げ」は、その財源確保や国民への影響も含めて、慎重に検討されなければならない問題だ。

| 防衛費GDP比2%とは:年間約10億ユーロの増額

現在のイタリアの防衛費は、概算で年間約32〜35億ユーロ(約5184億円〜5670億円)となっており、GDP比にして約1.4%にとどまっている。
NATOが基準とする「2%」を満たすには、防衛支出を約45.1億ユーロ(約7306億円)まで引き上げなければならない。

つまり、毎年の追加支出はおよそ9.7億ユーロ(約1571億円)、ざっくり言えば1600億円規模の増額が必要になるという。
これは日本の国家予算でいえば、高等教育の無償化関連支出にも匹敵するインパクトを持つ。

だが、この巨額を「新たな国債=借金」によらず、既存予算の組み替えで捻出しようというのが、現財務相ジャンカルロ・ジョルジェッティの方針である。

| "帳尻合わせ"の防衛会計2%のマジック

イタリア政府内部ではすでに「どうすれば見た目上2%を達成できるか」が議論されている。
防衛予算には、他省庁にまたがる準軍事的支出も存在する。たとえば、海上保安庁の運営費や、国際平和維持活動に関する外交費、軍人年金、全国社会保障機関(INPS)の一部も「広義の防衛費」と見なせるという主張がある。

これらを全て加算すれば、35.7億ユーロ(約5783億円)に達し、見かけ上の「2%」に近づく。
こうした工夫は、企業が決算で数字をきれいに見せるときの「会計テクニック」にも似ていて、まさに"防衛費版の数字のマジック"と言えるかもしれない。

とはいえ、こうした"見かけ上の工夫"がNATOにそのまま通用するとは限らない。もしNATOが「実質的な支出増がなければ達成とは認めない」と判断すれば、日本で言えば補正予算のように、実際に追加の税金を投入して対応するしかなくなる。


| トランプの請求は2%だけでは済まない

問題はこれで終わらない。
実は、トランプ大統領はかねてより「ヨーロッパのNATO加盟国は"ただ乗り"している」と不満を述べており、2%では不十分と考えている節がある。一部報道では、トランプ大統領が3%、さらには5%の防衛支出を要求する可能性まで示唆されている。

すでに、ポーランドやバルト三国、フィンランド、スウェーデンといった「ロシアの脅威に近い国々」は、自主的に防衛費を3%以上に引き上げようとしている。次のNATO首脳会議(2025年6月、オランダ・ハーグ)では、「2.5%案」などの折衷案が議題に上るという情報もある。

イタリアとしては、ジョルジェッティ財務相が「2%すら困難」と認めているように、現行のEUルール下で3%以上の国防費を支出するのは現実的ではない。さらなる増額は、国民生活や社会保障にしわ寄せがくるのは避けられない。

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| EU共通債という「魔法の杖」

ここで一部のヨーロッパ諸国や専門家が提唱しているのが、「EU共通債による防衛費の共同負担」という構想だ。

これは、コロナ危機のあと、EU各国が一緒に借金して復興に使った"共通のお財布"「Next Generation EU」と同様に、欧州委員会が資金を調達し、各国に分配する仕組みである。
マリオ・ドラギ前イタリア首相が主導したこの考えは、財政的余力の乏しい南欧諸国にとっては希望の光にも映る。イタリア政府もこの構想には前向きな姿勢を見せており、共通債の実現が現実味を帯びつつある。


|「100億ユーロの贈り物」の意味とは(約1兆6200億円)

そして、メローニ首相がトランプ大統領に提示したもうひとつの"成果"が、イタリア企業による100億ユーロの対米投資(約1兆6200億円)である。

この数字、たしかにインパクトはある。だが、ドイツ企業は平年でも600億ユーロ(約9兆7200億円)規模で米国に投資している。日本の自動車産業(トヨタ、ホンダ、日産など)も、1980年代から米国内での直接投資を積極的に進めており、今や数十万人規模の雇用を創出している。


長年にわたり国際報道の第一線で活躍してきたイタリアを代表するジャーナリストであるフェデリコ・ランピーニ記者は、

「こうした観点からすると、メローニ首相の発表は目立ちはするが、実質的なインパクトは小さめで、イタリアの100億ユーロという数字は、対外的には "安上がりなパフォーマンス"とも言える。「見せかけにはなるが、トランプ好みのプレゼント」として巧妙な外交戦術だ」

と評価している。


| 防衛支出は「浪費」か「投資」か?

防衛費は本当に「無駄遣い」なのか、それとも「未来の投資」なのか。

シリコンバレーが今日のようなテクノロジーの中心地となるきっかけは、第二次世界大戦中の軍事研究投資にあった。アメリカ政府は、戦争のために高度な軍事技術の開発に多額の投資を行った。これには、コンピュータ技術や通信技術、レーダー技術などが含まれていた。

戦後、これらの技術は民間にも転用され、シリコンバレーの発展を促した。軍事技術の研究機関や政府の研究施設が集まった地域では、民間企業が次々と誕生した。特に、冷戦時代には、アメリカ国防総省が新技術の開発に積極的に資金を投入し、これが民間のイノベーションを加速させた。

例えば、アップルやインテル、HPなどの企業は、このような政府の投資を背景に誕生し、成長を遂げた。国家安全保障への投資は、単に軍事的な目的だけでなく、民間経済の発展にも大きな影響を与えた。シリコンバレーのようなイノベーション集積地が生まれた背景には、国家の安全保障への投資があったことは間違いない。

防衛費を使って国内産業を活性化させ、雇用を生み出し、技術革新を促進するためには、単にお金を使うだけでは不十分である。それを実現するためには、戦略的に考えた「国家の方向性」としての計画が必要である。
ただし、今のイタリアがそれを実現できるかどうかは大きな疑問だ。予算の制約、政治的対立、そして国民の反発など、解決すべき課題は多い。

しかし、まさに今問われているのは、単なる金額の積み上げではなく、その支出が未来にどうつながるのか、どれだけ社会全体の発展に寄与できるのかという点である。
いかにして短期的な政治的利益を超えて、持続可能で戦略的な投資を行い、未来の繁栄を築くのか。そのためには、数字だけではなく、国家全体を見据えた長期的なビジョンと、強い意志を持って取り組むことが求められる。

現代のような不安定な国際情勢の中では、防衛費の増加が単なる「見せかけの数字」で終わらないように、しっかりとした計画とそれを支えるビジョンが重要だと感じる。

ただ金額を増やせばそれで問題が解決するわけではない。むしろ、それをどう社会の成長に繋げるかが本当の課題だろう。
防衛という分野での投資が、ひいては技術革新や産業活性化、雇用創出に結びつけば、社会全体にとって大きなプラスとなる。しかし、その実現には、政府の強いリーダーシップと国民の理解が不可欠だと思う。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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