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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

音楽院存続の危機!? 音楽の都で起こる「生きた音楽」離れ

ショーロ科の教師たちは約30年近く一緒に演奏し、街や音楽院を支えてきた(photo by Conservatório de Tatuí)

12月に入り、誰もがコロナ禍のクリスマスを本気で考え始めていた頃、
「音楽院がなくなるかもしれない!」
という衝撃なメールが友人から送られてきた。先日の投稿にて、私が卒業した音楽院の自慢をしたばかりなのに、まさかこんなショッキングなニュースを取り上げることになるとは思ってもいなかった。

サンパウロ州立タトゥイ音楽院(正式名称Conservatório Dramático e Musical "Dr. Carlos de Campos" de Tatuí)は、1954年8月11日に設立された南米で最大規模の音楽教育機関である。音楽、演劇、美術(主に舞台製作)など51種類のコースが存在し、市内には4つの校舎と429席の客席を持つ劇場を所有している。
音楽科は大きくクラシック科とポピュラー科にカリキュラムが分かれており、各科の行き来は比較的自由にされている。ブラジル国内でもブラジルの音楽を専門的に学べる音楽院はそう多くはない。国内だけでなく、隣国であるペルーやチリを中心に、世界各国から学生がやってくる。学費がかからないのも大きな魅力であり、貧富の差が大きいブラジルや南米の諸国で大変重要な役割を果たしている。(ブラジルの公立学校は全て学費がかからない)

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音楽院が所有するProcópio Ferreira劇場、授業やリハーサルでも使用される(photo by Aika Shimada)

実は音楽院がなくなるかもしれないという噂は毎年のように流れるので「またか」と感じている人は多いかもしれない。何故このようなことが起こるかというと、音楽院を運営するシステムが非常に不安定だということが挙げられる。
音楽院は州立のため、当然サンパウロ州が毎年予算を提示するのだが、それを元に経営を行うのは一般公募によって選ばれた団体なのである。数年に一度公募が行われるため、新しい団体が勝ち取った際は経営陣が総入れ替えとなる。入れ替えがある度に、教職員たちは張り詰めた空気を醸し出す。いきなり勤務先のトップが入れ替わるのだから無理もない。
一方でこの公募システムは、一つの団体に長い間権力を握らせないといった点では良い案かもしれない。

今回の悪い噂だが、現在音楽院を経営している団体Abaçaíが事前に提案していた通りの経営ができていないとサンパウロ州の文化創造経済事務局が指摘、契約期間満了前に解除すると発表したことから始まった。
来年1月1日からの経営権を獲得したSustenidosは、サンパウロ州内の音楽プロジェクトを所持する大きな団体だ。ちなみにこのプロジェクトは同州内で音楽に触れるチャンスが少ない街に設置される子供向けの無料音楽レッスンで、ここで学んだ子供たちがタトゥイ音楽院などで専門的に音楽を始めるきっかけにもなっている。同プロジェクトの教師陣にはタトゥイ音楽院の卒業生が多い。そういった意味では音楽院と既に関わりが強い団体でなのである。
その団体が、州からの予算削減を理由に新プランを発表した。

主な新プラン
・学生定員を2420人から1742人に変更(約30パーセントの縮小)
・69人の教職員の解雇
・分校Polo de Rio Pardo(学生数187人)の廃校
・ショーロ科の廃止(ブラジルの伝統的な音楽)
・演劇科の廃止(1976年設立)
・いくつかの音楽院専属グループの解散(演奏員の解雇と奨学金のカット)

それに加えて、学校の方針を専門的に音楽を学べる場所から生涯学習の一環に方向転換するような発言をしているため、「音楽院がなくなる」という話に発展したのである。もちろん生涯学習としての音楽教育も大切だが、タトゥイ音楽院は芸術をより専門的に学べる数少ない場所であることを忘れてはならない。同校は大学ではないため学士号はとれないが、それにも関わらず毎年多くの人々が入学を希望している。

毎年のように減らされていく芸術分野の州予算に、経営団体も頭を悩ませている。
2018年に今の団体に受け渡された際も、教職員の解雇や奨学金システムの変更が計画されていたが、学生が起こしてデモによって思うように進まなかった。それを補うように音楽院への協賛を民間企業に求めるようになっていった。私は音楽院の演奏団体に奨学生として所属していたので、協賛企業へのお礼として朝9時から彼らのためだけにコンサートで演奏したのを覚えている。今や学生も政治的なイベントに参加せざるを得ない状態だ。
今回、パンデミックにより協賛企業から援助を受けられなくなったことも現経営団体の契約解除と関係しているが、州議会議員Carlos Giannaziは、「そもそも、タトゥイ音楽院は州立なのだから州が全ての予算を賄うべきだ」と定期総会にて指摘し、音楽院関係者から注目を浴びた。
予算削減がある度に学生を中心にデモが起こるのだが、多くの教職員は黙認しなければならなかった。それだけ政治的な圧力が強いのである。しかし音楽院存続の危機にまで迫った今回は教職員も含め、ブラジル全土の音楽家がこの問題を取り上げ始めた。世界的に活躍するギタリストのYamandu Costaや、リオデジャネイロにあるショーロ音楽学校の中心人物の一人Luciana Rabelloらもビデオを投稿し事態を拡散した。

加えて、これまで後回しにされていた問題を解決する機会がやってきたのかもしれない。
それは音楽院とタトゥイという街の関係である。
タトゥイはサンパウロ市から150km程離れた人口12万人程の中都市であり、音楽院の建設がすすめられ、"A Capital da Música"(直訳すると音楽の都)という愛称が正式につけられた。
しかしながら、私が見る限り音楽院と街の関係は良好とは思えない。音楽院の劇場では毎週のようにコンサートが開催されているが、びっくりしたことに音楽院以外の場所で音楽に出会うことが殆どない。Roda de Samba、Roda de Choro(いずれもブラジル音楽を楽しむ催し物)を初めても暫くすると騒音問題に発展して中止されてしまい、街には我々が演奏できるような環境がないのだ。
若い世代には欧米のRockや、ブラジル国内で近年流行っているSertanejo Universitárioと呼ばれる音楽が人気であり、クラシックはもちろんブラジルの伝統的な音楽や文化への興味が薄れていることも関係しているかもしれない。音楽院の学生も、掴んでは消えていく演奏のチャンスに諦めがついたのか、市外で積極的に演奏活動を行っている。
悲しい事にもタトゥイ生まれの友人は「今回の大幅削減のニュースにも市民は特に大きな関心はなさそうだ。」と言っていた。いくら歴史ある南米最大の音楽院と言えども、維持と発展には市民の賛同は不可欠であることに我々音楽院サイドも気付かなければならない。実際、音楽院の学生は市街もしくはブラジル国外からやってくる場合が多く、「一日中家で楽器を演奏する」「夜遅くまで集会などを開き騒いでいる」などの理由から、賃貸契約を拒まれることも多い。一人が何か良くないことをするとその学校全体のイメージが悪くなることは、学生が多い街でよくある話だ。

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市内の標識にも音楽の都と表示されている(Photo by Aika Shimada)

"生きた音楽"に触れる機会が減少しつつあることはパンデミック以前から既に起こっている。これはタトゥイだけに言えることではない重大な問題だ。
音楽は常に人々の暮らしと共に発展してきた。 特にブラジルでは、フェスタと呼ばれる週末のパーティーに音楽は欠かせないものであり、各地区選りすぐりの歌手やギタリストを囲むように輪が広まっていたのである。
広まったのは人間関係だけではない。こういった人々の集まりからショーロやサンバという今日ブラジルを代表する音楽が生まれていったのだ。
今回は音楽院の話を紹介したが、最近ではサンパウロ州立ジャズオーケストラにて起こった不当な解雇や、ゴイアス州立オーケストラの給料未払いなどブラジル各地で芸術に関する大きな問題が起こっている。世界的に見たら、ここでは紹介しきれないほど起こっているに違いない。 こういった事態は多くの文明と共に起こらざるを得なかったことかもしれないが、それと共に失われていく何かに大きなサイレンを鳴らす時がやってきたようにも感じられる。
タトゥイを"音楽の都"と呼ぶのなら、音楽院だけでなく、そこら中に生きた音楽が溢れる街となってもらいたい。

追記
12月16日、#NaoAoDesmonteDoConservatorioDeTatuiのハッシュタグと共に拡散された音楽院の新プランに反対する署名は3日間で3万人以上の賛同を集めた。これにより12月18日付で、サンパウロ州文化創造経済事務局はサンパウロ州政府が音楽院の新プランの見直しをすることと共に、教職員の解雇、コースの廃止、分校の閉鎖を行わないことを発表した。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:http://www.aikashimada.com

Twitter: @aika_shimada

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