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シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

精神的な岐路に立つアメリカ

 アメリカが岐路に立たされている。新型コロナウィルスのアウトブレイクによる都市封鎖、学校閉鎖、人種差別に反対するBLM(ブラック・ライヴス・マター)運動、相次ぐ略奪や暴動、社会的距離をともなう新生活様式、そしてカリフォルニア、オレゴン、ワシントン州を襲った大規模な山火事の被害で、多くのアメリカ人の精神状態は限界に近づきつつある。

 カイザー家族基金による調査では、すでに7月中旬の時点で、アメリカの成人人口の実に半数以上(53%)が新型コロナウィルスの不安とストレスにより、精神状態が悪化したと報告している。この調査結果は、コロナウィルスの項目が新たに追加された3月の調査結果で出た32%よりも大幅悪化。多くのアメリカ人が、コロナウィルスへの不安とストレスから、不眠 (36%)、食欲不信や食べ過ぎ (32%)、飲酒や薬物使用の増加(12%)、そして慢性病の悪化 (12%)を訴えている。以下の図のように、不安やうつ症状を訴える人々も急増した。

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 とくに、筆者の住むシアトル郊外では、2月下旬にコロナウィルス感染による死者がアメリカで最初に確認され、アメリカにおける「コロナウィルスの震央」となった。3月上旬にはロックダウンが始まり、筆者の勤めていたメンタルヘルス・クリニックも遠隔勤務となり、クライアントと電話やオンライン会議ソフトを使ったセッションが始まった。その頃は、ほとんどの人が数ヶ月で元の生活に戻るだろうと思っていたが、2ヶ月を過ぎた頃から先行きの見えない不安感や孤独感から、症状が悪化する人が増えてきた。同クリニックでは毎週チーム会議を行い、各クライアントの症状を多角的に分析するのだが、セラピスト自身もストレスが溜まって会議中に泣き出す人もいた。

 そんな状況のなか、5月25日にミネアポリス近郊で黒人男性ジョージ・フロイドが警察により死亡させられるという事件が起こったものだから、人々の不満や怒りは爆発し、抗議行動は瞬く間に全米中に広がった。とくに政治的にリベラルと言われるシアトルでは、6月8日、BLM運動のデモ隊の一部がシアトルの中心地であるキャピトルヒル地区にバリケードを築いて「自治区」を発足。公権力による人種差別と暴力に対する抗議の象徴として、世界の注目を集めた。しかし、キャピトルヒル自治区では銃撃事件などが相次いで起こり、治安悪化から住民の不安も高まったため、警察が7月1日には強制排除を行った。ニュース報道は減ったものの、現在でも人種差別に反対するデモや抗議活動は続いている。

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 さらに追い討ちをかけるように襲ったのが、ワシントン州東部やオレゴン州の大規模な山火事だ。ここシアトルでも、数日前まで大気の状態は世界で最悪の状況だった。毎年夏の終わりはアメリカ西部で山火事が起こりやすいのだが、今年は例年の比ではない。煙で空がオレンジ色に霞み、屋内にいても目や喉が痛くなるほどだった。とくに、約50万人に避難準備の指示が出たほどの被害を出したオレゴン州では、大気の質を表す指数のAQI(Air Quality Index)は先週まで500を超えていた。通常の大気の質は0~50が良好で、200を超えると「とても有害」で、誰もが健康被害を受ける可能性がある。大人なら屋内で数週間を過ごすのは何とか耐えられるが、小さい子どもは不安感やストレスから愚図ったり夜泣き、悪夢などに悩まされる子も増えた。パニック発作や不眠、うつ症状が全般的に増えているのも肌で感じる。

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出典:USA Today

 パンデミックや自然災害、経済不況など自分一人の力ではどうしようもない状況下で、ストレスをなるべく溜めずに日常を送るには、自分の思考と感情をできるだけ客観的に見つめることが必要だろう。たとえば、ニュースを見るたびに不安感が増し、「これから先どうなるんだろう?」といったような不安な考えが浮かぶとしたら、不安を煽るニュースやソーシャルメディアをできるだけ観ないようにする。また、不安感が浮かんできたら、避けると逆効果なので受け入れること。体の感覚や気持ち、思考をすべてノートなどに書き出してから、自分に何かできることがあるのかを客観的に考えてみる。こうした習慣を一つか二つ取り入れるだけで、意外とストレスを減らすことができるので試してみてほしい。

 ストレスや不安が強まると、社会全般への不信感もますます募り、人種や文化間の信頼を取り戻すのが困難になる。アメリカンドリームの反面、人種差別と社会的・経済的弱者の搾取の上に成り立ってきたアメリカ。今、その歪みを根本から見直す岐路に立たされているのを感じる。

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするため大学院で心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える多くの子供やティーンエイジャーに対してセラピーを提供している。

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