コラム

「トランプは大統領にふさわしくない」著名ジャーナリストのウッドワードが新著『怒り』で初めて書いたこと

2020年09月22日(火)11時45分

トランプは「史上最も素晴らしい大統領」と自らを称えるが Tom Brenner-REUTERS

<歴代米大統領が必ず持っていた「国民と国益のために働く」という意識さえトランプは持ち合わせていない>

ボブ・ウッドワードは、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件をカール・バーンスタインとともに調査してスクープしたことで知られている。その後もクリントン、ブッシュ、オバマと歴代の大統領についてのノンフィクションを書き、アメリカでは最も知名度が高く、信頼もされているジャーナリストのひとりだ。トランプ大統領についても2018年9月に『Fear』(邦訳『恐怖の男 トランプ政権の真実』〔日本経済新聞出版〕)を刊行している。

『Fear』には、トランプ大統領の自己中心的な言動、精神の不安定さ、知識不足、忠誠心の欲求、ホワイトハウス側近同士の軋轢が描かれている。トランプ自身が選んだ官僚やアドバイザーなどから、「経済などの知識が小学生レベルなのに学ぶ意欲はなく、証拠が目の前にあっても平気で嘘をつくプロの嘘つき」だと評価されていることが暴かれている本なので、トランプはウッドワードについて決して良い感情は抱いていなかったはずだ。

それなのに、9月15日に発売されたウッドワードの新刊『Rage』では、トランプは17回もの取材に応じたというのだ。筆者はそこに驚いた。録音にも応じており、不可能だった1回をのぞいてすべての会話が録音されている。しかも、トランプのほうから前触れなしにウッドワードに電話をしてきたこともある。

一見不可解な行動だが、実は大統領としてのトランプの衝動的な行動を象徴している。トランプ大統領は、多くの人の証言から、側近からのメモを含めて文章を読まないことで知られている。『Rage』について「実は私は昨夜さっと読んだ。とても退屈だった」と言っているが、読書家であっても徹夜しないと読了が不可能なページ数なので、読んでいないことは明らかだ。前作の『Fear』も第三者からサマリーを聞いただけで、自分で読んではいないだろう。このように、誰にでもわかる嘘を衝動的に口にするのがトランプなのだ。

オバマをけなさずにいられない

ウッドワードが実際にどのような本を書くのか知らなかったトランプは、前回の本で自分が好意的に描かれていないのは、他人だけに喋らせたからだと不満に思っていたのではないだろうか。そして、自分の言い分をウッドワードに伝えたら、自分がどれほど優れた大統領であるのか説得できると考えたに違いない。つまり、ウッドワードを甘く見ていたことになる。記録に残っているトランプの会話は、「私は史上最も素晴らしい大統領」といった自画自賛で満ちている。

オバマ前大統領への競争心もむき出しで、「私はオバマの頭がいいとは思わない」「過大評価されていると思う。それに、素晴らしい演説者だとも思わない」とおとしめずにはいられない。そして、必ず自分と比べる。「私は最高の学校に行った。私の成績は良かった。私にはMIT(マサチューセッツ工科大学)で40年教授をした叔父がいる。学校の歴史の中で最も尊敬されているひとつだ。そこで40年だ。私の父の弟だ。そして、私の父はその弟よりも賢かった。良い血筋なんだ。エリートについて皆よくあれこれ言うだろう。エリートは良い家を持っている、とか。違うね。私は彼らよりもっと良い家を持っている。教育を含めて私が持っているのは、すべて彼らより優れている」とウッドワードの質問から横道にそれたまま喋り続ける。

元側近たちの証言から浮かび上がるトランプは、まさにこの通りだ。国にとって重要な問題について話しているときにも、すぐにこのような会話になる。新型コロナウイルス感染症のパンデミックへの対応で国民から最も信頼されている米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ博士によると、トランプの集中力は「マイナスの数字」ということだ。そして、どれほど横道にそれても必ず自画自賛にたどり着く。しかも、ファウチ博士などの専門家の意見が正しかったときには、(証拠があるのに)すべて自分の手柄として語る。逆のときには、すべて側近や専門家のミスにする。つまり、誰もが一度は職場で遭遇したことがある、典型的な最悪の上司だ。

このような会話でウッドワードを説得できると思っていたのがトランプの失敗だったことは間違いない。とはいえ、この本から浮かび上がるトランプ像には驚きはない。これまでの暴露本ですでに明らかになっているトランプの実像を再確認するだけだ。

だが、「暴露本」ではなくてトランプ大統領のサマリー(概要説明)と成績評価だと考えると、『Rage』は納得できる内容だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story