コラム

アメリカを対テロ戦争に導いた、ブッシュ元大統領の贖罪とは

2017年04月03日(月)14時40分

引退して3年後の2012年、ブッシュは、イエール大学の歴史学の教授であるジョン・ルイス・ギャディスから、ウィンストン・チャーチルの『 Painting as a Pastime(気晴らしとしての絵描き)』という本を薦められた。ブッシュが尊敬するチャーチルは、アマチュア画家としても知られている。大統領としての多忙な生活を離れてantsy(じっとしていられない、そわそわした感じ)だったブッシュは、この本から刺激を受けて絵を書き始めた。

それからしばらくした後、ブッシュはテレビのトーク番組に登場して自分が描いたペットの絵を公開した。上手とは言えない油絵だったが、「ヘタウマ」的な魅力があった。トーク番組の司会者とのやりとりも、現役時代のネオコンのイメージとはかけ離れ、自嘲的な台詞がお茶目な印象を与えた。

「彼は今でも絵を描いているのだろうか?」と思っていたときに出版されたのが、『Portraits of Courage: A Commander in Chief's Tribute to America's Warriors』だった。掲載されている絵のすべてがカラー版のずっしりとしたハードカバーだ。中身を見て驚いた。テレビで見たときから、ずいぶん上達している。しかも、すべてが人物像だ。

【参考記事】トランプ政権下でベストセラーになるディストピア小説

兵士の苦悩は終わらない

夫人のローラ・ブッシュは、本書の紹介文にこう書いている。

「ジョージと私が結婚したとき、もし誰かが『ご主人は将来大統領になる』と言ったら、『そうかもしれないわね』と思っただろう。彼はそのとき下院議員に立候補していたし、私自身も政治好きだった。でも、もし誰かが『将来、あなたはジョージの描いた絵を掲載している本のまえがきを書くことになるだろう』と言ったとしたら、『そんなこと、ありえないわ(No way)』と答えただろう」

読み終えたときに筆者の頭に浮かんだのは次の台詞だ。

「ブッシュの任期中に、もし誰かが『あなたは将来ブッシュ大統領の著作を購入し、しかも好意的なレビューを書くだろう』と言ったとしたら、『No way!』と答えただろう」

上記の友人や知人のように、筆者もブッシュは好きではなかった。不要な戦争で殺されたアフガニスタンやイラクの民間人のことを思えば、今でも怒りが込み上げる。

自分の意志で戦争を選ぶことができないアメリカ人兵士や、その家族の苦悩にも胸がつまる。多くの兵士が命を落とし、子どもたちは親を失った。たとえ生還できても、手足を失ったり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にかかったりした兵士と周囲の人々の苦悩は終わらない。

この本には、2001年の同時テロ以降に従軍し、アフガニスタンやイラクで負傷した約100人の軍人のポートレートが載っている。義肢もしばしば登場する。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、「聖域都市」条例巡りボストン市を提訴

ワールド

フィリピンCPI、8月は前年比+1.5%に加速 予

ワールド

韓日米、15日から年次合同演習実施 北朝鮮の脅威に

ビジネス

日立、米国で送配電機器の製造能力強化 10憶ドル超
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story