コラム

ティム・クックの決断とサイバー軍産複合体の行方

2016年02月26日(金)11時00分

サイバー軍産複合体の台頭

 今日の米国やその他の国では「サイバー軍産複合体」が大きな役割を担っている。

 現在のサイバー軍産複合体は、ソフトウェアやハードウェア、システム開発によって利益を上げる新たな産業界と軍が結びついている。例えば、航空機製造の雄であるボーイング社は、サイバーセキュリティのシステム開発に力を入れており、大々的な宣伝活動をしている。民間機はもはや製造していないが、軍用機を製造しているロッキード・マーティン社やノースロップ・グラマン社も同じようにサイバーセキュリティに力を入れ始めている。英国の軍需産業の雄であるBAEシステムズもまたサイバーセキュリティに力を入れている。

 そうした軍需産業と軍との間をつなぐ軍事コンサルティング会社は、サイバーセキュリティの危機をあおり、軍、政府、民間の顧客拡大に力を入れている。「米軍でも使われている強力なサイバーセキュリティ対応システム」と宣伝すれば、民間企業でもよく売れる。国家安全保障局(NSA)のお墨付きと称する製品も出てきている。

 軍やインテリジェンス機関のOBがこぞって起業し、軍のノウハウを使って民間企業に技術やサービスを売り込んでいる。民間企業に対するサイバー攻撃が報道されるたびに、需要は伸びていく。プライバシーへの懸念の高まりから、暗号に関連する製品やサービスも増えてきている。

稼ぎどころは中国とサイバーセキュリティの組み合わせ

 サイバー軍産複合体の台頭の背景には、1990年代初頭にソ連が国際政治の舞台から退場し、冷戦構造が崩れたことがある。冷戦が終わったのだから、軍縮の時代がやってくるはずであり、インテリジェンス機関も不要とされ、実際にそれらの予算は大幅に削られた。

 さらに、2009年に就任したバラク・オバマ米大統領は、核廃絶を謳ってノーベル平和賞を受賞した。少なくともオバマ政権下では核ミサイルによる軍拡を望めない。新たな稼ぎ所は、軍事的に台頭する中国、そしてサイバーセキュリティとの組み合わせである。

 サイバー・テロやサイバー攻撃の可能性は、1990年代からすでに指摘されていた。しかし、そのほとんどはいたずら目的であったり、国家機能にインパクトを与えるほど甚大ではなかったりした。ところが近年、国家機能・社会機能に実際に影響をおよぼすサイバー攻撃が見られるようになってきた。サイバー攻撃は、それだけでは人命の損失や物理的な破壊にはつながりにくい。

 しかし潜在的には、重要インフラストラクチャへの攻撃などを通じて甚大な影響が生じうる。そのため、各国はサイバー攻撃からの防御態勢を固めるとともに、他国へのサイバー攻撃を視野に入れたサイバー軍の創設を進めている。米軍では戦略軍(USSTRATCOM)の下にサイバー軍(USCYBERCOM)が創設された。サイバー軍は2016年には6000人を超える予定である。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米2回目の関税交渉、赤沢氏「突っ込んだ議論」 次

ワールド

原油先物が上昇、米中貿易戦争の緩和期待で

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時500円高 米株高や円安

ビジネス

丸紅、26年3月期は1.4%の増益予想 非資源がけ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 9
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 10
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story