「決められたこと」しかできない日本の介護は、もっと自由でいい
もっと自由な介護が日本の高齢者を救う MAPO_JAPAN/SHUTTERSTOCK
<日本の介護現場は「決められたこと」しかできない。イタリアに学べる「もっと自由な介護」>
「悪いが、電球を取り換えてくれない?」
近所の家の前を通りかかったときに、そこで1人暮らしをする70歳代の知り合いにこう声をかけられた。
「いいですよ」。でも、この人は日々訪問介護の支援を受けている。その簡単な作業を済ませながら、ついでに質問してみた。ヘルパーさんは電球交換してくれないの? 「それは支援の対象外だって」
「安心して生活できるよう支援を行う」という訪問介護の仕事内容には、食事や入浴の介助などが含まれているが、多くの地域では電球交換は支援項目でない。これはちょっと不思議な話。支援の線引きが必要なのも分かるが、電球が切れた状態で人は「安心して生活」できるはずがないので、そのニーズに応じてもよさそうではないか。
隣人とのこのやりとりで、自分が育った米ニュージャージー州でのある出来事を思い出した。僕が住んでいたすぐ近くに同じような1人暮らしの高齢者がいた。縁あって、お小遣いを少しもらう代わりに僕が週1回、彼の家でさまざまな手伝いをすることになった。「支援」の内容は皿洗いや掃除が多かったが、雪かきでも電球交換でもなんでもやった。さまざまなことを学べ、実り多い経験として記憶に残っている。
今年、団塊の世代が75歳以上になる。その数は約2000万人。多くは、何らかの支援または介護が必要になる人たちだ。社会はそのニーズに応じられるようになっているだろうか? 成功例はあるが、地域によっては答えは否。2024年現在、訪問介護事業所ゼロの町村が107で、事業所が1つだけの市町村は272。事業所は今も減る傾向にある。
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