コラム

小金井女子学生刺傷事件と「アイドル」偏向報道

2016年05月30日(月)16時20分

Cesare Andrea Ferrari-istock

<小金井市で起きた女子大学生刺傷事件は、当初、アイドルの構造的な問題として報道されることが多かった。そうした偏向報道は、どうして生み出されるのか>

経済問題の議論でもあるマスコミの偏向報道

 経済問題を議論しているとマスコミの報道姿勢がしばしば問題になることが多い。経済学の常識がまったく通じないか、あるいは偏向といえるような報道がなされることが多々ある。

 このような「偏向報道」はなぜ生じるのだろうか? しばしば指摘されるのが、1)既得利益、2)既得観念 というふたつの要因だ。前者は、報道する側の金銭的利害が直接に報道をゆがめてしまい、公正とはいえない一方的な断定を行ってしまうことだ。例えば日本のマスメディア(特に大新聞)が、消費増税について事実上の支持を打ち出すのは、軽減税率を優先的に自分たちの新聞に適用することを望むからかもしれない。また二番目の既得観念とは、特定のバイアス(偏見)が、報道の作り手や組織に固着してしまい、報道の成果に直接の影響を与えることをいう。

 経済問題でしばしばみられるのは、市場で価格が決まっていたとしても、それを特定の生産者や消費者の「強欲」のせいにすることで犯人捜しをする報道姿勢(反市場バイアスともいう)がある。私が見聞したケースでは、「貿易赤字」よりも「貿易黒字」の方がいいとか、「円安」よりも「円高」の方がいいという語感にまつわる報道上のバイアスである。同様に「物価下落」はモノの値段が下がるから"いい"というバイアスもある。だが、物価下落は日本の現状では、不景気のシグナルに等しいので、個々人の生活の悪化をもたらしてしまうだろう。

不適切なアイドル呼称報道

 このような既得利益や既得観念で、報道内容が歪んでしまうのは、なにも経済問題だけではない。
 最近、女子大生冨田真由さんを、暴漢が襲い、刺傷してしまうという事件が東京小金井で起きた。冨田さんはこの原稿を書いている時点では、いまだ意識不明の重体が伝えられている。冨田さんは大学に通うかたわら、シンガーソングライターとして活動を続けていた。そのライブのために訪れた会場の入り口近くで、岩埼友宏容疑者に襲われてしまった。

 岩埼容疑者は常日頃から執拗に冨田さんに直接会うことで、もしくはSNS(twitterやブログなど)でつきまとい行為をして嫌がらせを継続していた。その挙句の犯罪である。まことに卑劣きわまる事件であり、被害にあわれた冨田さんとそのご家族、ご友人の皆さんには心からのお見舞いと、また冨田さんの一刻も早い快癒を念じています。

 この凄惨な事件について、テレビや新聞などの報道はかなり混乱していた。特に冨田さんの活動を「アイドル」もしくは「地下アイドル」ととらえることで、アイドルや地下アイドルの世界固有の特徴が生み出した構造的な問題だと、マスコミの多くが当初から報道していた。冨田さんの活動の履歴の中に、アイドル活動が過去に含まれていたことは事実ではあるが、事件当時の彼女はシンガーソングライターとしての活動であり、アイドルと呼称することは妥当ではない。この点は事件の報道が続く中で、かなり早い段階で、インタビュアーでアイドルにも詳しい吉田豪氏からマスコミのアイドル呼称報道への批判が行われていた。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ステファニク下院議員、NY州知事選出馬を表明 トラ

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、11月速報値は約3年半ぶ

ワールド

イラン大統領「平和望むが屈辱は受け入れず」、核・ミ

ワールド

米雇用統計、異例の2カ月連続公表見送り 10月分は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 9
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 10
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story