コラム

ディープフェイクの政治利用とその危険性:ビデオ会議のキーウ市長はデジタル合成だった

2022年07月20日(水)19時30分

誰もが作れるディープフェイク

ストリヤロフは、コントラステに対して、それは通常のディープフェイクとは異なり、偽物は「ライト」だったと主張した。コントラステの評価は、人工知能を使用してコンピューターで生成されたクリチコの画像ではないという方向に結論づけられた。むしろ、画像要素はクリチコの古いインタビュー映像からコピーされ、再配置され、フェイクビデオには音声が合成されていると推測している。

アドビなどのソフトウェア会社は現在、あらゆる声を模倣できるプログラムに取り組んでいる。これを行うには、プログラムは特定の人からの約20分のオーディオ素材を入手するだけで済むという。アマゾンは、Alexa音声サービスのプロトタイプをすでに開発している。将来的には、亡くなった祖母の声で話すこともできるはずだ。これには祖母の1分間の既存の音声データがあれば、サービスを提供するのに十分なのだ。

ディープフェイクは、ディープラーニング(深層学習)とフェイクの合成語であり、これまでその作成には莫大な素材と計算量が必要だった。しかし、今やフリーのディープフェイク生成ソフトが何種類も出回り、その作成は特別な作業ではなくなっている。

対話者を確実に欺くために、ロシアのコメディアン・デュオは、サイバー攻撃のひとつであるソーシャル・エンジニアリングとして知られている手法を実行したと推測されている。人とその環境に関する既存の情報が収集され、たとえば、電子メールの送信者が巧妙に偽造されると、受信者は納得してしまう。

ストリヤロフによれば、その行動は政治的なものであってはならなかった。それにもかかわらず、コメディアンのデュオのターゲットは、ロシアに批判的な人々を対象としていることが判明した。6月初旬、モスクワでクズネツォフとストリヤロフが表彰された。ドイツ公共放送連盟によると、この賞は、戦争の最中にコメディアンのデュオを「電話外交の達人」と評したロシア外務省のスポークスマンによって授与されたのである。

ディープフェイクの懸念

私たちは皆、ディープフェイクの出現を予見している。しかし、私たちの集団生活の基本的な側面を混乱に陥れるという、その潜在的な可能性については、まだ真剣には考慮されていない。お気に入りの映画スターや歌手がディープフェイク・ポルノになり、戦争中の都市の市長がフェイクか否かを、他の都市のリーダーたちがわからないとしたら、私たちはめくるめく虚構の中に迷い込むことになる。

ディープフェイクのアルゴリズムを使えば、偽音声や偽動画を操作することができる。2018年、バラク・オバマが「トランプ大統領は完全なおバカ」と発言するのを見て、油断していた視聴者は驚愕した。米国のコメディアンであるジョーダン・ピールが作成したインターネット動画は大きな反響を呼んだ。人工知能(AI)を利用した技術により、コメディアンの発言が、元大統領の顔立ちや表情、声に移し替えられたのである。


詐欺師もすでにAIを使用している。たとえば、2019年には、英国のエネルギー会社で事件が起きた。同社のマネージングディレクターは、ドイツの親会社のCEOとされる人物から電話を受けた。電話で彼は特定の口座に約225,000ユーロ(約約3,144万円)を送金するよう依頼された。送金後、発信者の声がフェイクだったことが明らかになった。

画像、音声、映像などのコンテンツが、実在の人物、物、場所が、驚くほど本物らしく作られたり、操作されたりして、人に真実であると偽って見せることが、ディープフェイクである。ピールはこのビデオで真実を揺さぶり、現代で最も有名な人物の一人でさえ、その紛れもない特徴と身振りで、プロパガンダの道具として利用されうることを示し、この新しいテクノロジーの危険性に注意を促したかったのだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで

ワールド

クラウドフレアで障害、数千人に影響 チャットGPT

ワールド

イスラエル首相、ガザからのハマス排除を呼びかけ 国

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story