「温暖化だけじゃない」 スイス・ブラッテン村を破壊した氷河崩壊、専門家が警告する真の原因とは?
「気候変動は本質的に無関係だ」
一方、ベルン大学のトーマス・ストッカー氏(気候研究者)は、氷河が後退し、永久凍土が融解していることは確かで、"最大の危険はリスクを過小評価すること"とし、急速に変化する環境に適応するには費用がかかり、最悪の場合は適応することが不可能になるだろうと指摘。今後さらに注意深くあるべきで、山全般で将来的にハイキングコースが閉鎖されたり、登山が禁止になるかもしれないとも言う。
同大学の気候研究者、レト・クヌッティ氏は、永久凍土の融解に加え、豪雨の増加も、特定の斜面の安定性や落石、土石流に直接的な影響を与えていると指摘する。
また、フリブール大学のマルティン・ヘルツレ教授(永久凍土研究者)の見解では、今回の災害において気候変動は"本質的に無関係だ"という。教授は、「いま私たちが目にしているようなことが起きると何十年も前から警告してきました。多くの人がいま、この災害に驚愕していますが、私たち研究者はこれを予見していたのです」と述べている。
スイス連邦森林・雪・景観研究所員のロバート・ケナー氏も、短期的には気候も影響を及ぼしているが、地滑りの主な原因は、スイスアルプスにおける深刻な浸食だと説明する。今回のケースでは、氷河がなければ村が消滅するという最悪の事態は避けられただろうと分析している。一方で、永久凍土の融解は地域を安定させる場合もあるため、最終的な影響はケースバイケースだという。スイスの他の場所でも同様の災害は"起こり得る"ものの、山の内部構造がどの程度弱体化しているかを判断することは誰にもできない(判断には数千年かかるかもしれない)と語っている。
渓谷全体の観光業に打撃
レッチェン渓谷の観光シーズンは例年7月に始まり、秋にピークを迎えるという。ブラッテンは、渓谷のホテル宿泊客の80%以上を占めていたので、宿泊客の大幅な減少は必至と見られる。現在、隣村ヴィレール(Wiler)までは交通規制はなく(公共のバスだと、最寄りの鉄道駅からヴィレールまでは30分ほど)、被害を受けていない地区のレストランや宿泊施設も営業している。
とはいえ観光客の足は遠のいている。渓谷の観光関係者たちは、この渓谷が好きな人たちは、「いまの被害状況を見たくない」「いま訪れることは、被災者に失礼に当たるかもしれない」「被災地に観光に行くなんて変人だと揶揄される」といった思いがあるのだろうと見ている。だが観光業は渓谷全体の存続に欠かせない。「是非とも観光客たちに来てほしい」というのが観光業に携わる人たちの切なる願いだ。
6月19日の時点で、先のフス氏は、大規模な落石はまだ発生しているが、氷河がブラッテンに流れて消滅したことで、大量の土砂が谷まで到達する危険性は大幅に減ったと述べている。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。欧米企業の脱炭素の取り組みについては、専門誌『環境ビジネス』『オルタナ(サステナビリティとSDGsがテーマのビジネス情報誌)』、環境事業を支援する『サーキュラーエコノミードット東京』のサイトにも寄稿。www.satomi-iwasawa.com