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トランプは盟友ネタニヤフを切り捨てた?――今度の中東歴訪が俄然面白くなる事情解説

Trump heads to the Gulf aiming to bolster trade ties – but side talks on Tehran, Gaza could drive a wedge between US and Israel

2025年5月13日(火)18時50分
アッシャー・カイフマン(ノートルダム大学教授)
ホワイトハウスで固い握手を交わすトランプとネタニヤフ

第2次トランプ政権発足後、対面で初の首脳会談相手はネタニヤフだったのに(2月5日、ホワイトハウスで固い握手) ZUMA Press Wire via Reuters Connect

<ハマス、イラン、イエメン・フーシ派などの仇敵とこれ見よがしに交渉し、パレスチナ国家樹立を主張するサウジアラビアとは同盟強化するのにイスラエルには立ち寄りもしない。トランプ政権は味方だと思っていたイスラエル極右は完全に梯子を外された。一体何が起こっているのか>

ドナルド・トランプ米大統領は5月13日から16日までの日程でサウジアラビア、カタールとアラブ首長国連邦(UAE)の中東3カ国を歴訪。14日にはこれら3カ国も参加する湾岸協力会議の首脳らとの会議に出席する予定だ。

【動画】動画で見るトランプのネタニヤフ外し

この中東歴訪は重要な意味を持つものとして注目されているが、訪問先から外されている人物がいる。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相だ。

イスラエルの右派連立政権のほかの多くのメンバー同様、ネタニヤフも2024年11月にトランプが米大統領選に勝利したことを喜んでいたように見えた。米共和党の中東政策は間違いなくイスラエルの利益にかなうものであり、ネタニヤフとしてもアメリカと緊密に連携していけるものと信じていたからだ。

だが現実は必ずしもその通りにはなっていない。もちろん米政府は公式なやり取りの上では今もイスラエルにとって最も強力な同盟国であり、最大の武器供与国であることに変わりはない。だがトランプが推し進める中東政策には時に、ネタニヤフやイスラエル政府の利益との明らかな食い違いが見られる。

実際イランについてトランプは、(一方的に核合意から離脱した)1期目からの驚きの方針転換として新たな核合意を目指して交渉を始めると態度を軟化させている。これはイランと鋭く対立するネタニヤフが長年維持してきた立場に反する動きだ。イスラエルの右派は警戒感を募らせており、トランプがサウジアラビア訪問に先立って、サウジアラビアがイスラエルとの国交正常化の条件とするパレスチナ国家の承認に支持を表明するのではないかという噂も飛び交っている。

イスラエルと中東を専門とする歴史家として、私はトランプがサウジアラビア訪問で推し進めようとしている政策課題が、これまでのアメリカの政策の継続を意味するものだと認識している。とりわけアラブ諸国との安全保障面での連携強化は、イスラエルが公然と支持こそしなくても長年にわたって容認してきたことだ。だがその中で、今回の中東歴訪がトランプとネタニヤフの間に大きな溝をつくり出す可能性もある。

トランプの公式アジェンダ

今回の4日間にわたる中東歴訪はトランプにとって、大統領に返り咲きを果たして以降初めてとなる政策重視の外遊で、表向きにはアメリカとペルシャ湾岸の伝統的な同盟諸国との間の経済および安全保障面の関係強化が主な目的だとされている。

トランプはアラブ諸国との間で数百億ドル規模にのぼる取引をまとめる見通しで、この中には前例のない武器売却や対米投資などが含まれるとみられる。さらにカタールからは、米大統領専用機として使用することを想定した高級仕様のボーイング747型機(別名「空飛ぶ宮殿」)の贈り物も受け取る見通しだ。サウジアラビアとの間で安全保障同盟を結ぶ可能性もあるという。

ここまではイスラエル政府にとっても問題ないだろう。2023年10月7日にガザのイスラム組織ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を行う前、イスラエルは湾岸諸国との関係を強化する動きを進めており、2020年9月にトランプ政権が主導したアブラハム合意を通じてアラブ首長国連邦およびバーレーンと国交正常化に合意していた。さらにサウジアラビアとの国交正常化も実現の見通しが立っていた。

仇敵イランの核問題で勝手に交渉

だが今週トランプがサウジアラビアを訪れた際に議題の中心となるのは、トランプとネタニヤフの間で意見の食い違いが顕著になりつつある問題だろう。その筆頭がイラン問題だ。

イランはトランプが出席する首脳会議には参加しないが、トランプ政権が核開発計画をめぐってイラン政府と交渉を継続するなか、会議ではイランの問題が大きく取り上げられることになるだろう。両国の代表はこれまでに4回の協議を行っており、課題は多いものの双方とも合意に達する可能性について楽観的な見方を示している。

アメリカのこの動きはトランプの方針転換を意味する。トランプは1期目の2018年に、現在目指している合意とよく似た核合意を自ら離脱しているからだ。またこの動きはアメリカが現在、イランとの直接的な武力衝突には反対の立場を取っていることも示唆している。ネタニヤフの望みは、アメリカがイランに対して武力衝突も辞さない強硬姿勢で臨むことだ。

イランとの外交的な対話は、イランの核兵器開発の野心を封じ込める手段として湾岸諸国も支持している。イランと長年敵対関係にあり、バラク・オバマ元米政権時代にはイスラエルと同様にイラン核合意に反対していたサウジアラビアさえ、今はイランへのより慎重な関与を模索している。アメリカとイランが新たに交渉を始めるのに先立ち4月には、サウジアラビアの国防相がイランを訪問してもいる。

ネタニヤフは核武装したイランがイスラエルにもたらす脅威とそれを未然に防ぐ必要性を訴えることで、自らの政治的キャリアを築いてきた。オバマがイランとの合意を目指す交渉を始めた際にはそれを妨害しようとしたが、これが失敗して2015年にはイラン核合意が成立。だがその後継者となった第一次トランプ政権に対しては大きな影響力を発揮することに成功し、トランプは2018年にイラン核合意からの離脱を決定した。

それだけにトランプが路線変更してイランとの交渉に乗り出したことに、ネタニヤフは苛立っている。単に路線変更が行われただけでなく、それがあまりにも公然と行われたことが大きな問題なのだ。トランプは4月にネタニヤフをホワイトハウスに招き、この時にイラン政府との外交交渉を進めることを表明。公の場でネタニヤフに恥をかかせた。

テルアビブ空港攻撃の直後にフーシ派と手打ち

トランプとネタニヤフの間に緊張関係が生じている可能性を示す明らかな兆しは、アメリカとイスラエル、そしてイエメンの親イラン武装組織フーシ派を巻き込んで現在進行中の争いに見ることができる。

5月4日、フーシ派がイスラエルのテルアビブ空港にミサイルを撃ち込み、同空港が閉鎖されて多くの国際便が欠航となる事態が起きた。イスラエルは反撃し、イエメンの首都サヌアにある空港やその他のインフラ施設を空爆で破壊した。

しかし、イスラエルの空爆のわずか数時間後、トランプは、アメリカは今後フーシ派を攻撃しないと発表した。自身の要求にフーシ派が「屈して」、紅海におけるアメリカ船舶の通行を妨害しないことに同意したからだという。

アメリカとフーシ派の間の新たな合意に、イスラエルが関与していないことは明らかだった。トランプの声明は発表のタイミングにおいても注目に値するもので、自身のサウジアラビア訪問を前に、中東地域を安定化する取り組みとも解釈できる。また、フーシ派の後ろ盾がイランであることから、イランとの交渉の円滑化にもつながる可能性があると睨んだのだろう。

イスラエルが実施したイエメン港湾施設への攻撃も、タイミングが大きな意味を持つ。攻撃は5月11日だった。トランプがサウジアラビア訪問のためにアメリカを出発する前日だ。このタイミングで攻撃を行うことで、ネタニヤフは、フーシ派だけでなくアメリカとイランにもシグナルを送ろうとした可能性がある。フーシ派への攻撃を続けて、イランとの核交渉を頓挫させることもできる、という意思表示だ。

人質解放よりガザと西岸を我が物に

ネタニヤフに批判的な関係者たちはかねてから、同首相が地域の安定よりもガザ地区での戦闘継続を優先しているのは、自身が率いる右派連合政権を維持するためだと主張してきた。同政権の極右メンバーは、ガザ地区の完全掌握と、ヨルダン川西岸の実質的併合を求めている。

多くの政治評論家は、3月にネタニヤフがハマスとの一時停戦を破棄して攻撃を再開したのもそのためだと指摘する。停戦延長に合意した場合、ガザ地区からのイスラエル軍の撤退が必須となっていたからだ。

イスラエル軍は、ガザへの一斉攻撃再開に向けて新たな動員を開始しており、トランプの湾岸諸国訪問が終わり次第、実際の攻撃が開始される予定だ。

ネタニヤフ政権の閣僚が、ガザ地区の恒久的占領を公然と支持し、人質解放はもはや最優先事項ではないと公言する今の状況を見ると、ネタニヤフの狙いが「緊張緩和」ではないのは明らかに見える。

一方トランプは最近になって、残る人質が置かれた憂慮すべき状況や、ガザ地区の深刻な人道危機を憂う発言をしている。ハマスは呼応するように、アメリカ政府の重大関心事だった米国籍を持つイスラエル人で生存している最後のアメリカ人とみられるエダン・アレクサンダーを解放。停戦と人道支援再開についてアメリカ政府と交渉しているという。ネタニヤフは蚊帳の外に置かれた格好だ。

湾岸マネーが欲しいだけ?

現在の中東におけるアメリカの政策はすべて、トランプのより大きな目標に資するものなのかもしれない。それはすなわち、アメリカ経済、そして一部の指摘ではトランプ自身のために、数十億ドル単位の湾岸諸国マネーを確保することだ。しかし、この目標を達成するには、中東の安定化が欠かせない。そして、ガザ地区での戦闘継続や、核兵器製造能力の獲得に着々と近づくイランの動きは、この目標を阻害しかねない。

もちろん、イランに核開発計画を断念させ、外交的合意に至るまでには、まだまだ長い道のりがある。そしてトランプの外交政策は、急に方向転換しがちなこともよく知られた話だ。そして現在のトランプ政権は、イスラエル政府の利益に反する政策を推し進める方向に向かっている。それが、豊かな湾岸諸国との貿易および経済的取引を追求しようとする「ディールメーカー」の本能に導かれているのか、あるいは、この地域の安定化を図ろうとする心からの願望からなのかはともかくとして。
(翻訳:ガリレオほか)

The Conversation

Asher Kaufman, Professor of History and Peace Studies, University of Notre Dame

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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