最新記事
映画

「感傷的なクズ」と酷評... バンス自伝映画が暴露した「トランプ陣営に不都合」な副大統領候補の「本性」とは?

Is “Hillbilly Elegy” a Liability?

2024年8月29日(木)14時17分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

J・D・バンス

バンスは必死の努力でエリート層の仲間入りを果たした ANNA MONEYMAKER/GETTY IMAGES

故郷を捨てたかった若者

主な舞台のオハイオでも状況は厳しい。J・Dと姉を1人で育てる看護師の母ベブ(エイミー・アダムス)は、患者の鎮痛剤を盗んで解雇される。もともとベブは運転中にJ・Dの言動に腹を立てると車を暴走させ、死んでやると脅すような破滅型だ。

祖母(グレン・クローズ)が手を差し伸べるが、彼女も生活は苦しく、激しやすい性格だ。回想シーンでは夫の暴力に耐えかねた若き日の祖母が、泥酔した夫の服に火を付ける。バンスは副大統領候補の指名受諾演説で、祖母の死後、家から19丁の銃が発見された逸話を懐かしそうに披露した。


映画はバンス家のみに脚光を当てる。寂れた工業地帯の風景をただ映すだけで、ほかの人々が地域をどう思っているかは伝えない。

伝記物の役割とは、主人公を歴史的意義のある人物か驚くべき人生を歩んだ人物、あるいは観客に普段触れる機会のない世界を見せる人物として提示することだ。バンスは3番目のタイプで、地域社会の考察を織り交ぜた自伝もそのように構想されていた。

だが映画版のバンス家は地域社会から孤立している。友達もいなければ、教会の助けもない。全世界が彼らの敵だ。

映画はJ・D少年を特異なケースとして扱う。恵まれない環境の外に目を向け逃げるだけの先見性と意志を持つのは、彼一人。アダムスとクローズは貧困層の女性をグロテスクに誇張して演じ、哀れみは呼ぶが感情移入はできない。

バンスは演説で「私の故郷のような地域社会」の人々のために戦うと、決意を表明した。だがこの映画が描くのは、そうした人々を必死で切り捨てようとする若者の物語だ。

大学院生のJ・D(ガブリエル・バッソ)は将来を決めるインターンの面接を翌朝に控え、故郷に呼び戻される。母がヘロインを過剰摂取したのだ。J・Dは複数のクレジットカードを上限まで使って更生施設を確保するが、母は入所を拒む。

「できることは何でもする。でもここにはいられない」と、彼は言い渡す。

『ヒルビリー・エレジー』は故郷の人々ではなく今のバンスが属するエリート層のための作品。描かれる貧困は、裕福なリベラルが同類向けに演出したものだ。だからこそバンスは映画評論家らリベラル派の酷評にひどく傷つき、故郷に向けた軽蔑の目を彼らにも向けるようになった。

映画を見れば、最初から故郷に思い入れがなかったことはすぐ分かる。最後のナレーションで、バンスはつぶやく。「生まれは変えられないが、未来は自分で選べる」

要するに、今も貧困の中にいる人々と彼を隔てるのは、チャンスや運の有無でも政策でもなく本人の選択。自分は貧困を抜け出したのだから誰でもできるはずで、弁解は通用しない。それがバンスの言い分なのだ。

©2024 The Slate Group

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 6
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 7
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 8
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中