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ウクライナ戦争

【密着取材】「これだけの成果のためにどれだけ犠牲が...」 ウクライナ「反転攻勢」が失敗した舞台裏

WHY THE COUNTEROFFENSIVE FAILED

2024年2月1日(木)19時14分
尾崎孝史(映像制作者、写真家)

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射撃訓練をするアゾフ旅団のアレクサンドル(同7月) PHOTOGRAPH BY TAKASHI OZAKI

写真の中の9人のうち3人が命を落とし、1人は片足を失い、1人は失明したという。戦車部隊が大きな被害を被ったことで発案された小規模編成の攻撃スタイル。中型戦車の後ろに歩兵を配置し、機関銃で攻撃する作戦は一部で成果が報告されている。しかし実際には、三重の防衛線で守りを固めた敵の餌食になることが多かったと、アレクサンドルは振り返る。

昨年4月の時点で、ドネツク州に派遣されたウクライナ兵は約10万。ロシア兵は18万~20万だとウクライナ軍の司令官は話していた。倍近い人員差を埋めずに臨んだ反転攻勢は、攻撃軸が分散したことで必然的に膠着を余儀なくされた。

徴兵を避け転居する若者も

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は12月14日、ウクライナに展開している兵力は62万人だと明かした。同1日に署名した大統領令では、ロシア軍の総員を17万人増の132万人とする目標を掲げている。

一方、英国際戦略研究所の調べでは、開戦後にウクライナ軍の現役兵は69万人に増加した。死傷者数は公表されていないが、昨年11月にウクライナの市民団体が調査した結果によると、死者は3万人を超え、負傷兵は10万人に上るという。

人海戦術をもって失った兵力を本国から補充できるロシア軍。片やウクライナ軍は兵員の補充も、交代も困難な状況が2年近く続いている。そんななか、ゼレンスキー大統領は12月19日、ウクライナ軍が最大で50万人の追加動員を提案したと伝えた。それは可能なのだろうか。

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首都キーウの路上アートになったワレリー・ザルジニー総司令官(左端、23年8月) PHOTOGRAPH BY TAKASHI OZAKI

バフムート方面で反転攻勢が始まった6月4日、ウクライナ国防省のハンナ・マリャル次官(当時)はSNSで「計画は静寂を好む」というタイトルの動画を公開した。

戦闘服を着た兵士7人が1人ずつ画面に現れ、口の前で指を立てる。「開始の発表はない」の文字の後、2機の戦闘機が飛行するカットで終わる。国営通信社ウクリンフォルムはこの動画をウェブページに掲載し、「ウクライナ国防省、反転攻勢計画は発表されないと指摘」と報じた。

反転攻勢に世界の関心が集まっていた頃、テレビの報道番組で開始時期や戦術について議論することを避けるよう、アナウンスされたこともあった。古今東西、戦争に箝口令は付き物だが、ウクライナ政府は死傷兵の数は公表しないと宣言するなど、その姿勢が徹底されている。

しかし前線の兵士は唯一の楽しみとして、衛星通信を使って家族や友人と話したり、映像を送ったりしている。それらの情報を通じて、ウクライナ国民はむごたらしい戦場のありさまを見せつけられてきた。

開戦1年目、筆者が所属する人道支援団体では4人の若者が志願兵として前線に向かった。それが2年目には皆無になった。連日、数百人の死傷者が出たバフムートの戦いが影響したようだ。

ウクライナ中部からドンバス地方へ支援物資を運んでいる30代のトーラはこう話す。「いつかは軍に入って、自分も戦わなくてはいけないと感じている。でも今は無理だ。家族も許してくれない」

軍のリクルーターが通りや地下鉄で招集令状を手渡すという強引な勧誘も逆効果だった。徴兵を避けたい若者は、できるだけ自宅から外へ出ないようにしているという。

西部の都市で家族と暮らすある男性は昨年の秋、東部の街へ「転居」した。「僕の町でも、外を歩いていたときに徴兵された友人がいる。だから前線に近い町に移ることにした。若者が少ないから誘われる可能性が低い、と聞いたので」

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