「10億ドルの鉄壁」が破られた、アメリカがハマスの奇襲成功から学ぶべきハイテクの欠陥

DISASTER AT THE BORDER

2023年12月11日(月)12時05分
デービッド・H・フリーマン(科学ジャーナリスト)

第1波攻撃は、いくつかのシンプルな戦略によって始まった。

目的は高性能防衛システムを無効化し、警報や機関銃の作動を阻止することだ。

戦闘員はまず、目に付く場所にあるセンサーや自動機関銃に発砲し、動きを止めた。

同時に、容易に特定できる形で防壁に設置された3つの司令・通信塔を、小型発射体やドローンを使って爆破。警報が作動したケースがあったとしても、中央の軍司令部には届かなかったとみられる。

境界付近のイスラエル軍基地が警告を受けることもなかったようだ。

これらの基地では多くの兵士が、おそらく攻撃に気付かないまま就寝中に殺害された。異常を知らされなかったのは、ハマスが境界一帯で携帯電話通信を妨害していたためだろう。

彼らが使用したのは、市販の携帯式電波妨害装置だった可能性がある。

通信事業者が利用する周波数に電子ノイズを放射する単純な仕組みで、オンラインでも最低800ドルほどで購入できる。

「敵の通信遮断は戦いの大原則の1つだ」と、ブルッキングス研究所のネルソンは指摘する。

明暗を分けた兵器のコスト

突破後は、センサーや自動兵器の作動を懸念する必要はほぼなかった。

イスラエルの防衛装置は、どれも境界のガザ側を向いていたからだ。

その日、やすやすと境界を越えたのは戦闘員だけではない。

ガザからロケット弾最大5000発が発射され、イスラエルが頼りにしていた防空ミサイルシステム「アイアンドーム」を打ち砕いた。数十発のロケット弾がイスラエル国内に着弾し、少なくとも5人が死亡している。

アイアンドームは飛来するロケット弾などをレーダー上で捕捉してAIで弾道を割り出し、人的被害の脅威がある場合、ミサイルを発射して迎撃する。15億ドルとも言われる巨額資金を投じ、11年の実戦配備以来、迎撃率約95%を記録していた。

ハマスの戦略は単純だった。「数」で圧倒したのだ。

奇襲攻撃の際、ハマスが発射したロケット弾は3000~5000発。一方、イスラエルが配備していた迎撃ミサイルはわずか1000発ほどだ。しかも再装填に時間を要するため、次々に襲来するロケット弾に対応し切れなかった。

イスラエルのミサイル数を上回るロケット弾を、ハマスが保有していたのは驚きかもしれない。

だが、ロケット弾は安価だ。

「イスラエルの迎撃ミサイルは1発5万ドル以上する」と、コロラド大学のボイドは言う。

「ハマスのロケット弾の100倍に上るコストだ。おかげでハマスは防空システムを圧倒できた」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:高級品業界が頼る中東富裕層、地政学リスク

ワールド

トランプ氏、イラン制裁解除計画を撤回 必要なら再爆

ワールド

トランプ氏、金利1%に引き下げ希望 「パウエル議長

ワールド

トランプ氏「北朝鮮問題は解決可能」、金正恩氏と良好
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 5
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 6
    富裕層が「流出する国」、中国を抜いた1位は...「金…
  • 7
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中