最新記事
中東情勢

中東情勢、再び緊迫の時代へ......ハマース、イスラエル、シリアの軍事対立が示すもの

2023年10月13日(金)16時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

世界中の民間航空機の動きをフォローしているフライトレーダー24によると、午前9時18分にイランの首都テヘランの国際空港を離陸したマーハーン航空の航空機1機がシリア領空に一端入った後、午後11時頃に旋回し、イランに引き返したことが確認できる。だが、シリア人権監視団は、爆撃が実施される以前の数時間に、両国際空港に「イランの民兵」の軍事関連の物資を積んだ貨物機が着陸したという事実は確認できなかったと発表した。

シリア人権監視団の発表が事実であれば、今回のイスラエル軍の爆撃は、シリア領内からの砲撃への単なる報復でもなければ、武器供与や製造を物理的に阻止することが目的でもなく、イランのホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣が10月13日にシリアとレバノンを訪問するのに先立って、「抵抗枢軸」を自称するイラン、ヒズブッラー、そしてシリア政府をけん制し、「アクサーの大洪水」への物的支援を躊躇させることが狙いだったと見ることができる。

シリア内戦と地域紛争のエスカレーション

シリア政府は、前述した国防省の声明のなかで、今回の爆撃を、イスラエルがガザ地区で行っている犯罪と、パレスチナの抵抗運動によって被った甚大な損害から注意を背けようとする必死の試みだと位置づけている。また、シリア軍が北部で戦っている過激派テロ組織を支援するために続けている手法だと非難、シリア軍は、イスラエル政体の武装勢力となりさがっているテロ組織を追跡、打撃し続け、国から根絶すると宣言している。

シリアでは、10月5日にヒムス軍事大学(ヒムス県)の卒業式を狙って行われた無人航空機(ドローン)によるテロ攻撃で、民間人を含む300人あまりが死傷する事件が発生して以降、シリア軍とロシア軍が、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が実効支配するイドリブ県中北部などシリア北西部への爆撃や砲撃を強めている。

このテロは、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系のトルキスタン・イスラーム党がよる犯行と見られているが、シリア軍とロシア軍の攻勢を受けて、シャーム解放機構もドローンを投入した攻撃を激化させている。

イスラエル軍がダマスカス、アレッポ両国際空港を爆撃した10月12日にも、シャーム解放機構が保有すると見られるドローンがアレッポ市に飛来、シリア軍の防空部隊がこれを迎撃している。イスラエルは「アクサーの大洪水」作戦を行うハマースをイスラーム国と同一視し、その根絶を主唱している。だが、シリアでは、イスラエルとアル=カーイダが奇妙なシンクロを見せている。

地域戦争への危険

シリアでは、このほかにも10月1日にトルコの首都アンカラの内務省施設前で発生した自爆テロのクルディスタン労働者党(PKK)につながりのある勢力による犯行だと断じたトルコが、10月4日から、PKKの系譜を汲む民主統一党(PYD)が勢力下に置くシリア北東部への大規模な爆撃や砲撃を続けて、石油関連施設などのインフラ施設が標的となっている。

トルコ軍の攻撃は、シリア軍の陣地にも及んでいるほか、10月5日には、シリア北東部に違法に駐留を続けている米軍が接近したトルコ軍のドローン(Anka-S)を撃墜するという事案も発生している。

「アクサーの大洪水」作戦に「抵抗枢軸」がどの程度本格的に介入するかは不透明だ。だが、シリア国防省が両国際空港に対するイスラエル軍の爆撃に対する報復先として、反体制派の掃討を示唆していることからも明らかな通り、イスラエルと「抵抗枢軸」の挑発合戦が激化すれば、紛争はイスラエルとハマースを含むパレスチナ諸派や「抵抗枢軸」の戦闘に限られず、シリア政府、アル=カーイダ系組織が主導する反体制派、クルド民族主義勢力、そしてこれらを後援するロシア、イラン、トルコ、米国を巻き込んだ地域戦争、あるいは世界大戦に発展する危険をはらんでいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中