最新記事
BOOKS

「あの...」若い客に見つめられ話しかけられた「バス運転手」に起こった意外な出来事

2023年6月26日(月)14時45分
印南敦史(作家、書評家)

また、「バスオタク」も一定数存在するらしい。例えばあるとき、定刻どおりにバスが発車すると、一眼レフカメラでフロントガラス越しの風景や、運転席付近の撮影を開始した20代男性がいたそうだ。

当然ながら、シャッター音は気になり集中が削がれるが、乗客を撮影しているわけではないので注意もできない。そんななか、ひととおり撮影を終えた彼が席に座ったまま「このバスのエンジン、『ニュー4HK1型』ですよね?」と話しかけてきたという。オタクにありがちな話である。

安全運転のため、運転士は緊急時を除き、お客に話しかけられても答えない決まりになっているという。そこで「走行中なので少々お待ちください」と茶を濁したそうだが、それで静かになるような相手でもないようで。


その後も、男性は、
「このバスの降車ボタンはオージ製だよな、きっと。で、放送機器の機材はクラリオン製のCA-8000型だろうなあ......」
 などとぶつぶつ呟いている。私に話しかけているのか、ひとり言なのかわからない。申し訳ないが、無視させてもらおう。(70ページより)

かように望むべきお客さんばかりではないだけに、なかなかの精神労働であることは想像がつく。しかも実際の運転業務に関するトラブルのみならず、著者は社内でマウントを取ろうとする先輩社員に目をつけられ、パワハラを受けたりもする。

「先生は、先生をしていたときよりイキイキしてるね」

その一方で、信じがたいような出来事も起こる。印象的だったのは、始発バス停から乗ってきたお客からじっと見つめられ続けたというエピソードだ。

そんなことになれば、「イチャモンをつけられるのではないか」と不安を感じたとしても無理はないだろう。しかも車内マイクで「右へ曲がります。ご注意ください」などとアナウンスするたび、その彼は身を乗り出してまた見つめるというのだ。そりゃーますます不安にもなるわなあと思わざるを得ないが、結果は意外なものだった。

バスが終点のバス停に到着すると、この路線は後払いであるため、お客は料金を払って前扉から降りていくことになる。予想どおり彼は最後まで降りず、たったひとりになったところで向かってきた。


「あの......」
 案の定、話しかけてきた。だがイチャモンにしてはやさしい声だ。
「以前、先生をしていませんでしたか?」
 その言葉を聞いた瞬間、私の顔は一気に赤くなった。ということは......。
「ええ、まあ、一応」
 モゴモゴ答えると、彼は顔を輝かして、
「そうですよね! T高校で社会を教えていましたよね!」
 なんと彼は、私がバスの運転士になる前に働いていた高校の教え子だった。(142ページより)

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、一時150円台 米経済堅調

ワールド

イスラエル、ガザ人道財団へ3000万ドル拠出で合意

ワールド

パレスチナ国家承認は「2国家解決」協議の最終段階=

ワールド

トランプ氏、製薬17社に書簡 処方薬価格引き下げへ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 9
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中