最新記事

経済制裁

自らエネルギー危機を招いたEUの「あまりにも素朴すぎた」対ロ経済制裁

SELF-INFLICTED WOUNDS

2022年12月27日(火)11時59分
ブラマ・チェラニ(インド政策研究センター教授)
ガソリンスタンド

ガソリンの価格は上がり供給は減り、給油所には列ができた BURAK AKBULUTーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<EUの経済成長を支えてきた、ロシア産の安い原油や天然ガス。経済と貿易は安全保障と別物と信じていたEUは、エネルギー問題、高インフレ、そして極右勢力台頭にも見舞われる>

こんなことは自明の理と思われるのだが、制裁(西側諸国が好んで使う外交のツールだ)というものは相手国にしかるべき経済的打撃を与える一方、それを科す国にとっての負担が重すぎてはいけない。だがロシアのウクライナ侵攻に対するEUの経済制裁は、後者の条件を満たしていない。

ロシア産の安い原油や天然ガスは長年にわたりEUの経済成長を支えてきた。だが今のEUは、何としてもそれへの依存を減らしたい。ロシアを罰するにはそれが一番だと考え、代わりにアメリカなどから輸入する液化天然ガス(LNG)への依存を増やしている。

しかしLNGは気体の天然ガスに比べて高価で、しかも加工や輸送の過程で多くの二酸化炭素を排出する。ウクライナ侵攻前でさえ、価格はロシア産天然ガスの4~5倍だった。今はもっと高い。侵攻前の価格の2倍以上だ。

そのせいで高インフレを招き、ユーロ圏の金融市場は不安定になっている。景気後退の危機が近づき、生活費は高騰し、計画停電の実施も現実味を帯びてきた。

ヨーロッパの一部の国々は石炭火力発電にも手を出した。フランスのマクロン大統領らはアメリカに頭を下げ、支援を要請してもいる。

それでもなおEUは、対ロシア制裁のやり方を改めるつもりはないようだ。2022年末にもEUはロシア産原油の輸入を禁じ、G7各国と足並みをそろえて1バレル=60ドルの上限価格を定めている。

今回の制裁で想起されるのは、1930年にアメリカで成立したスムート・ホーリー関税法だ。あれでアメリカは2万品目以上の輸入関税を大幅に引き上げたが、他国も報復関税で対抗した。結果的に世界恐慌が深刻化し、ナチス・ドイツのような極右の暴力集団が台頭した。

現在でも、多くのヨーロッパ諸国の政治は右傾化している。イタリアではムソリーニのファシスト党の流れをくむ党が政権を握り、ポーランドとハンガリーでは右派の政権が一段と独裁色を強めている。エネルギー価格の高騰と高インフレで経済が悪化すれば、極右勢力がさらに勢いづく。

ロシアの戦争を止めるのに本当に役立つなら、制裁発動による高い代償を払う価値もあるという見方はあり得る。だが現実はどうか。ウクライナの領土の5分の1弱は今もロシアの占領下にある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、米国の和平案を受領 トランプ氏と近く協

ワールド

トランプ氏、民主6議員を「反逆者」と非難 軍に違法

ビジネス

米9月中古住宅販売、1.2%増の410万戸 住宅金

ワールド

中ロ、ミサイル防衛と「戦略安定」巡り協議 協力強化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中