最新記事

北朝鮮

「正気と思えない」 金正恩のミサイル乱射には、北朝鮮幹部からも批判が上がっていた

2022年11月10日(木)17時46分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
金正恩とICBM

ICBMとされるミサイルの前を歩く金正恩(2022年3月) KCNA via REUTERS

<「一発の発射で数十、数百万ドルが消えるのに、何を考えているのか」「経済が苦しい中で戦争を煽る意図は何なのか」といった声が国内でも上がっている>

北朝鮮の尋常でないミサイル乱射に、同国の幹部や貿易関係者らが不満を募らせていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えている。

北朝鮮は2日、少なくとも23発のミサイルを発射した。その翌日、中国に駐在する北朝鮮の貿易関係者は、RFAに対して次のように語ったという。

「昨日、1日の間に元山(ウォンサン)など様々な地域から多発的に弾道ミサイルが発射されたニュースをインターネットで見て、言葉を失った。ミサイル一発を発射すれば、数十、数百万ドルが消えるのに、何を考えてあれほど多くのミサイルを1日で発射できるのか。正気とは思えない」

特に、北朝鮮が史上初めて、南北の海上境界線である北方限界線(NLL)を越えて韓国の領海近くにミサイルを落下させた件については「戦争の雰囲気を助長するかのような(北朝鮮)当局の行動に、中国に駐在する貿易関係者らは言葉を失っている」という。

貿易関係者らが恐れるのはもちろん、対北経済制裁のいっそうの強化だ。北朝鮮経済は、長きにわたる制裁と新型コロナウイルス対策の国境封鎖で瀕死の状態にある。国連安全保障理事会では、ウクライナに侵攻中のロシアと欧米の対立で、新たな対北制裁決議が出る見通しは立っていない。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩"残酷ショー"の衝撃場面

それでも、無用に緊張を煽る行為は「頼みの綱」である中国からも不興を買いかねず、その点も貿易関係者には不安なのだろう。

一方、平安北道(ピョンアンブクト)の国境警備隊の幹部はRFAに対し、一連のミサイル発射直後に「戦闘態勢」が発令されたと明かした。その上で「国境警備隊の幹部たちは、ここまで経済が苦しい中で戦争の雰囲気を高める意図が何なのかわからないとの反応を見せている」と述べている。

言うまでもなく、北朝鮮国内でこうした意見は、あけっぴろげに述べられるものではない。当局に密告されたら、どのような重罰を受けるかわからない。

それでも人間には、何か意見を言わずにはいられないときがある。現在の情勢は北朝鮮の人々にとって、政治的なリスクを冒してでもひとこと言わずにはいられないほど、理不尽きわまりないものだということだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米副大統領と国防長官、イスラエルに自制要求 民間人

ワールド

呼吸器疾患の増加、既知の病原体が原因=中国保健当局

ワールド

フィリピン・ミンダナオ島で爆発、4人死亡 大学のミ

ワールド

北朝鮮、「偵察衛星運用室」が任務開始=朝鮮中央通信
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ間に合う 新NISA投資入門
特集:まだ間に合う 新NISA投資入門
2023年12月 5日号(11/28発売)

インフレが迫り、貯蓄だけでもう資産は守れない。「投資新時代」のサバイバル術

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最新の「四角い潜水艦」で中国がインド太平洋の覇者になる?

  • 2

    完全コピーされた、キャサリン妃の「かなり挑発的なドレス」への賛否

  • 3

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...「スナイパー」がロシア兵を撃ち倒す瞬間とされる動画

  • 4

    「ダイアナ妃ファッション」をコピーするように言わ…

  • 5

    上半身はスリムな体型を強調し、下半身はぶかぶかジ…

  • 6

    ロシア兵に狙われた味方兵士を救った、ウクライナ「…

  • 7

    バミューダトライアングルに「興味あったわけじゃな…

  • 8

    男たちが立ち上がる『ゴジラ-1.0』のご都合主義

  • 9

    世界でもヒット、話題の『アイドル』をYOASOBIが語る

  • 10

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 1

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不意打ちだった」露運輸相

  • 2

    最新の「四角い潜水艦」で中国がインド太平洋の覇者になる?

  • 3

    「大谷翔平の犬」コーイケルホンディエに隠された深い意味

  • 4

    下半身が「丸見え」...これで合ってるの? セレブ花…

  • 5

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 6

    米空軍の最新鋭ステルス爆撃機「B-21レイダー」は中…

  • 7

    ミャンマー分裂?内戦拡大で中国が軍事介入の構え

  • 8

    「超兵器」ウクライナ自爆ドローンを相手に、「シャ…

  • 9

    男たちが立ち上がる『ゴジラ-1.0』のご都合主義

  • 10

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 1

    <動画>裸の男が何人も...戦闘拒否して脱がされ、「穴」に放り込まれたロシア兵たち

  • 2

    <動画>ウクライナ軍がHIMARSでロシアの多連装ロケットシステムを爆砕する瞬間

  • 3

    「アルツハイマー型認知症は腸内細菌を通じて伝染する」とラット実験で実証される

  • 4

    戦闘動画がハリウッドを超えた?早朝のアウディーイ…

  • 5

    リフォーム中のTikToker、壁紙を剥がしたら「隠し扉…

  • 6

    <動画>ロシア攻撃ヘリKa-52が自軍装甲車MT-LBを破…

  • 7

    ここまで効果的...ロシアが誇る黒海艦隊の揚陸艦を撃…

  • 8

    ロシアはウクライナ侵攻で旅客機76機を失った──「不…

  • 9

    また撃破!ウクライナにとってロシア黒海艦隊が最重…

  • 10

    またやられてる!ロシアの見かけ倒し主力戦車T-90Mの…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中