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国策としての「標的殺害」を行うイスラエル、外交上に本当に有益なのか?

ISRAEL'S CHOICE WEAPON

2022年7月8日(金)15時03分
ダニエル・プレトカ(アメリカン・エンタープライズ研究所シニアフェロー)

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イランの首都テヘランではイスラエルの国旗を燃やしてソレイマニ暗殺などに抗議する集会が(今年4月29日) MORTEZA NIKOUBAZLーNURPHOTO/GETTY IMAGES

核科学者を遠隔操作で殺害

ファクリザデはイランの核開発計画の中枢にいる人物として、世界中の情報機関に目を付けられていた。イランの核技術の輸出にも重要な役割を果たし、北朝鮮を訪れていたことも確認されている。

しかもファクリザデの殺害方法は、小説まがいの謎に包まれていた。情報が錯綜し、爆弾で殺されたとも、射殺されたとも伝えられたが、最終的には遠隔操作の機関銃で蜂の巣にされたという結論に落ち着いた。

ふつう、イスラエルの政府当局者はこの手の「標的殺害(ターゲテッド・キリング)」についてコメントしない。しかしファクリザデの死については、なぜか関係者の誰かが匿名で、米紙ニューヨーク・タイムズに詳細を語っている。こうだ。

「スピードバンプ(減速帯)があったので彼の車列はスピードを落とした。対向車線にはザムヤッド(イランの小型トラック)が止まっていた」。それに積んであったのは遠隔操作の機関銃。「そこで野良犬を放って進路を塞ぎ、向こうの車のフロントガラスに機関銃から銃弾を浴びせた」。そう赤裸々に語っている。

イラン政府へのメッセージは明らかだ。おまえたちの居場所も行動も把握している、こっちはいつでも、おまえらを排除できるぞ、である。

イランにとっては想定外の事態だったのだろう。だから対応は乱れた。何者かに暗殺された、車が爆破された、人工衛星で居場所を特定されたなどの情報が飛び交った。イランの情報相は、自国の軍部に共犯者がいた可能性までほのめかした(もちろん軍部は否定した)。

当然、仕返しは必要だ。ほぼ1年後、イラン国内ではイラン海軍がオマーン湾で米海軍と対峙し、追い払ったというニュースが大々的に報じられた。どうみても作り話だったが、ファクリザデの殺害を許した屈辱を晴らすには必要な一手だった。

ファクリザデは秘密の核兵器開発計画を主導し、その全体像を把握している重要人物だった。彼が死ねばイランの核武装が遅れるのは確実だった。だからイスラエルは、戦略的な観点から暗殺にゴーサインを出した(アメリカも同様な戦略的判断を下し、イラン革命防衛隊の幹部ガセム・ソレイマニ司令官をイラクの空港で殺している)。

イスラエルの立場からすると、敵の計画遂行に不可欠な高位の指導者を狙い撃ちにすることには戦略的な意味がある。かつてアメリカで原爆を開発したマンハッタン計画で重要な役割を果たしたロバート・オッペンハイマーのように、急所となる人物は必ず存在する。

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