最新記事

日本社会

講義1回の対価が7500円、あまりにひどい大学非常勤講師の待遇

2022年6月8日(水)11時00分
舞田敏彦(教育社会学者)
大学講師

大学非常勤講師の給与は一般に考えられているよりもかなり低い skynesher/iStock.

<大学講師の講義給の「1コマ」は1カ月4回分のことで、そこには事前の準備や試験の採点など付随業務も含まれている>

上智大学で、非常勤講師への賃金不払いが取り沙汰されている。学科コース全体で使うオンライン教材の作成など講義時間外の賃金の支払いを請求したところ、大学側は「講義給に含まれている」として支払いを拒んだという。

大学講師への給与は、講義への対価として支払われるが、事前の準備、質問対応、試験の採点等、もろもろの付随業務も含むと理解されるのが普通だ。教材作成への対価を別に払ってほしい、という訴えは珍しい。コロナ禍でオンライン用教材の作成等、負担が大きくなっていることから、この部分もきちんと評価するべきだと、ということなのだろう。

講義の対価がそれなりの額なら不満は起きないだろうが、ここに書くのがはばかられるほど安い。相場は「1コマ3万円」だ。誤解する人が多いが、これは1回90分の講義の額ではない。1カ月分(4回の講義)の対価だ。1回の講義は7500円、上記の付随業務も含めると時間給はかなり低くなる。最近はオンライン教材の作成等の負担も増えているので、コンビニバイト並みになっているかもしれない。

なり手はいくらでもいる

首都圏大学非常勤講師組合の機関誌『控室』(1997年1月19日)に、「バカにするな!-1コマの意味を理解していて本当に良かった-」という記事が出ている。その筆者は、とある児童文学者の方だ。1コマ2万7000円の講義を3コマ頼まれたのだが、提示された額を1回90分の講義の額と勘違いし、「2.7万円×3コマ×4回=32.4万円」の月収を想定していたが、振り込まれたのはその4分の1。通帳を見て飛び上がり、事務に電話をして1コマの意味を教えてもらったという。

その後、母校から「1コマ2万円で講義しないか」と話が来るが、よほど頭に来たのだろう。「バカにするな!」という強い文言ではねつけている。民間人を非常勤に呼ぶ大学が増えているが、トラブルもさぞ多く起きているかと思う。

こういう待遇でも、大学の非常勤講師のなり手はいくらでもいる。1990年代以降の大学院重点化政策により、行き場のないオーバードクター(博士学位を取得して定職に就いていない人)があふれかえっているためだ。声を掛ければ、給与も聞かずに飛びついてくる。<図1>のグラフは大学教員数の変化だが、増分が大きいのは本務先のない兼務教員(非常勤講師)だ。この多くが、定職のないオーバードクターと考えていい。

data220608-chart01.png

上智大学でのトラブルで、仮に大学が非を認めて支払いに応じた場合、どういう事態になるか(今件では、中央労働基準監督署が上智大学に対して賃金支払いの是正勧告を行なっている)。同じ訴えを起こす講師が続出し、全国の大学は大変なことになるだろう。非常勤講師への依存度が高い大学は、経営が一気に火の車になる。

防衛の策として、契約書に「講義、教材作成、学生への個別対応、試験採点、その他付随業務全部を含めて1カ月3万円」と書くのだろうが、これなどは民法が禁じる「公序良俗に反する契約」に当たると考えていいのではないか。

社会をよくする「知」を創造する大学で、このようなことがまかり通って良いはずがない。今回の騒動を機に、非常勤講師の待遇を真剣に見直すべきだ。

<文科省:『学校教員統計』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中