最新記事

北朝鮮

「一族の神話」崩壊に追い込む、ロックダウンに耐えられない脆弱な経済

A Disaster in the Making

2022年5月25日(水)14時55分
ジャスティン・フェンドス(韓国・東西大学教授)

220531p30_KTA_01v2.jpg

平壌の工場の社員食堂で床消毒をする(5月16日) AP/AFLO

問題は、ほかの国々の経験で明らかなように、発熱患者数によっては適切な判断を下せない。新型コロナの感染者は、全くの無症状だったり、発熱などの症状が現れる前にほかの人に感染させる場合があったりするからだ。

そのため、発熱患者数を基準にロックダウンの実施を決めようとすれば、どうしても対策が後手に回る。そこで、感染拡大がある程度以上進めば、北朝鮮当局は予防的なロックダウンという極めて強硬な対策を実行する以外手段がなくなる可能性が高い。

ロックダウン下の生活を経験した人なら誰もがよく知っているように、この種の措置は社会や経済、人々の生活に大きな混乱をもたらす。生産活動が止まり、人々は生活必需品の入手に苦労する。打撃は非常に大きい。それに、ただでさえ脆弱な北朝鮮経済が長期にわたるロックダウンにどれくらい持ちこたえられるかも定かでない。

北朝鮮当局はほかの国の政府に比べて、借り入れを行うことが難しい。ロックダウンにより打撃を受けた市民や事業者は、政府による経済的支援をほとんど期待できない。

もっと深刻な問題もある。日々の仕事による収入を糧に生計を立てている市民は、ロックダウンの命令に従えば飢え死にしても不思議でない。つまり、ロックダウンを実施すれば、北朝鮮の社会に深刻な負荷が掛かり、少なくともある程度の景気後退は避けて通れない。厳しい状況が続いている北朝鮮経済に、また1つ試練が加わることになる。

新型コロナのパンデミックを経験したほかの国々ではほぼ例外なく、パニックによる買い占めなどの社会的混乱が起きた。その傾向は、感染拡大初期で特に際立っている。食料事情の厳しい北朝鮮で同じことが起こらないと判断すべき理由はないように思える。

北朝鮮当局は、社会不安が高まれば軍を動員して秩序維持に当たらせる可能性が高い。しかし、感染症への恐怖、食料不足への怒り、体制への不満が混ざり合えば、市民の反発が一挙に高まってもおかしくない。市民と軍の衝突が過去にないほど激化する可能性は十分にある。

北朝鮮に君臨する金一族への風当たりも強くなりそうだ。北朝鮮の国内向けのプロパガンダでは長年、金一族を神格化し続けてきた。この一族が優れた血統の持ち主で、国を治める天賦の権利があるかのように描いてきたのだ。

しかし、金正恩体制が人々の愛する家族の命を救えず、子供たちに十分な食べ物を用意できないと分かったとき、こうした金一族の「神話」が大きく傷付いてもおかしくない。金正恩による統治の正統性は揺らぐだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、トランプ氏と28日会談 領土など和

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ワールド

ロシア高官、和平案巡り米側と接触 協議継続へ=大統

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中