最新記事

ウクライナ戦争

【河東哲夫×小泉悠】いま注目は「春の徴兵」、ロシア「失敗」の戦略的・世界観的要因を読み解く

2022年4月28日(木)15時25分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

河東氏×小泉氏の対談はYouTubeでフルバージョンを公開しています(こちらは全3回の中編) Newsweek Japan


8年前からアップデートされていない情報戦

――『日本がウクライナになる日』では、2014年はロシアの情報機関の働きがスムーズだったので、無血に近いクリミア併合ができたと指摘されている。この数年の間で、ロシアの情報機関に何か変化があったのか?

■河東 2014年のクリミア併合は無血に近い形で制圧し、うまくいった。情報調査がうまくいった結果というより、現実の状況がロシアにとって有利だった。

クリミアに住んでいる人々はロシア系住民が多く、当時の給料はとても低かった。政府からお金もらっている公務員や軍人が多く、給料はロシアの3分の1ぐらいしかなかった。ウクライナの軍人でも、降伏してロシアに入れば給料が3倍になると思った。

だからロシアに抵抗もしなかったし、住民投票でもむしろ併合を歓迎した。それは本音だったと思う。こうした情勢をGRUというロシア軍の情報当局が事前に調べていた。

今回は現実の情勢がロシアにとって有利ではなかった。東ウクライナの不利な現実をプーチンに報告しなかったことが、情報当局の誤りだろう。情報当局とは、おそらく昔のKGB(カーゲーベー)の後身FSB(エフエスベー)の第五局だったのではないか。

この部署は旧ソ圏諸国との関係を管理している。非常に帝国主義的で、ウクライナや旧ソ連を上から目線で見ている。それらの地域が必ずロシアに戻ってくるという目線で見ている人々と言える。

■小泉 クリミア併合はあの土地の特殊性が関係していた。現地の住民には本当に、我々はロシアだという感覚があった。クリミアのセバストポリの港にはロシアとウクライナ両国の海軍が並んでいる。そこで実際にロシア軍のほうが3倍高い給料もらっているのを見れば、ウクライナ人の間でロシアに併合されたほうがよいという感覚が生まれてくる。

また、2014年はロシアの特殊部隊がインターネットのプロバイダやテレビ放送を抑えたので、ウクライナの人々の認識は投票所に行くまでにロシア寄りに書き換えられていた。

アメリカのランド研究所がまとめているが、当時ロシアは「ウクライナの政権はあなたたちを迫害する、この政変はアメリカの陰謀だ」という情報を流し込んだ。そして、クリミアの住民は自主的に判断した。

これはロシアの反射統制という情報戦理論そのまま。ロシアはどういう刺激を与えたらどういう反応が返ってくるかを計算し、情報戦を行った。だが、今回はそれがどうも下手。

ウクライナはすでに8年間もロシアと戦っていて、情報戦への耐性もできていた。国際社会もロシアが悪いと判断した。8年前からアップデートされていない情報戦を行ったことも、失敗の原因ではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ紛争は26年に終結、ロシア人の過半数が想

ワールド

米大使召喚は中ロの影響力拡大許す、民主議員がトラン

ワールド

ハマスが停戦違反と非難、ネタニヤフ首相 報復表明

ビジネス

ナイキ株5%高、アップルCEOが約300万ドル相当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    【投資信託】オルカンだけでいいの? 2025年の人気ラ…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中