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子供たちが狙い撃たれ、遺体は集団墓地に積みあがる...孤立都市マリウポリの惨状

Barbarity Laid Bare

2022年3月23日(水)17時20分
ジャック・ロシュ(ジャーナリスト)

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マリウポリから「ドネツク人民共和国」の避難所にたどり着いた人々 ALEXANDER ERMOCHENKOーREUTERS

ポポワをはじめこの街の出身者たちは身内の安否を気遣い、祈るような気持ちで連絡を待っている。市内に残って何とか持ちこたえているのか、人道回廊の開通時に運良く避難できたのか。一刻も早く知りたいが、電話はほとんど通じない。ロシア軍が携帯電話の基地局を破壊し、送電網に損傷を与えたからだ。

ポポワらをさいなむ感情は待ち続ける苦痛だけではない。かたくなに避難を拒む身内へのいら立ち、自分だけ安全な場所にいる後ろめたさ、一瞬電話が通じたときの言いようのない安堵感と通話がプツンと切れたときの悲痛、何か手掛かりがないかと必死にネットを検索する狂おしさ。

彼女たちは時折この破壊し尽くされた前線の街から発信されるニュース映像を見て怒りに震えるだけで、後は死んだように無感覚になって暮らしている。そして夜になると不安に駆られて、寝付けぬまま時間が過ぎていく。

ロシア軍が侵攻を開始した2月24日、ポポワは両親に電話し避難するよう懇願した。「心配しないで、と言われた」と、彼女は話す。「何も起こらないし、起きたとしても私たちはここで暮らす、と。必要な物は全部あるし、どこの店にも十分在庫がある、と」

ますます激しくなる攻撃

しかし1週間足らずで、ますます激しくなる攻撃の残忍さがあらわになった。「頭の中がぐちゃぐちゃだった。朝なのか、夕方なのか、夜なのかも分からない。長い1日がずっと続いているような気がした。両親に電話をかけることもできず、どうしているのか、そればかり考えていた」

実家近くの産科病院が空爆されてから6日後、ようやく母親から連絡があった。両親は人道回廊による避難の間に町を出ることはできなかったが、少なくとも生きていた。

「近くで戦闘が多発し、両親は別の場所に移動していた」。ポポワはそう言うと、いくばくかの希望を込めて付け加えた。「町を出た人々が車列を組んで、家族を迎えに戻る計画があるらしい」

テレビのニュース、ネットの報道、フェイスブックの投稿、友人の友人からのSNSのメッセージ。どんな情報でも、今はすがる気持ちで探している。

別の東欧諸国で金融アナリストとして働いているイリーナも、同じ苦悩を味わった。両親や祖父母たちがマリウポリに閉じ込められていた間、携帯電話の基地局攻撃のせいで、彼女のメッセージは届かなかった。両親からの電話を待つしかなく、SNSやインターネットサイトを何時間もあさって情報の断片を追い掛けた。

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