最新記事

外交

あのときニクソンが訪中しなければ、「中国の脅威」は生まれなかったのか?

THE VISIT 50 YEARS ON

2022年2月24日(木)17時24分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)
ニクソン訪中

ニクソン(中央)の訪中で得をしたのは?(1972年、万里の長城) CORBIS/GETTY IMAGES

<ニクソンと毛沢東の歴史的会談から50年、米中関係の進展で得をしたのは誰だった? いま、プーチンに同様の「冒険的外交」を仕掛けるのは有効か?>

中国は現在、アメリカに取って代わって世界最大の超大国になり得る唯一の国だ。そのため、今からちょうど50年前に、当時のニクソン米大統領の歴史的な訪中が実現しなければよかったと考えている米政府関係者は多いかもしれない。

ニクソンは1972年2月、中国の毛沢東主席と会談して米中関係正常化への道を開いた。それが中国の超大国化と地政学的脅威への成長を促したという歴史修正主義的な考えが広まっている。ニクソンの訪中は歴史的な失敗だったというのだ。

しかしこの議論は、ニクソンの決断とその後数十年にわたる米中関係の進展がアメリカにもたらした多大な利益を無視している。ニクソン訪中は冷戦のパワーバランスを変え、ソ連や当時アメリカと戦争中だった北ベトナムの戦略的判断に影響を与えた。72年5月に米ソは核軍縮に向けた初の戦略兵器制限条約(SALT I)を結び、翌年アメリカはベトナムから撤退した。

中国への積極的関与は、ほかにも長期的な地政学的・経済的メリットを生み出した。東アジアにおける劇的な緊張緩和は、同地域のアメリカの権益に対する中国の脅威を和らげ、米中の対ソ疑似同盟的な関係は、アメリカの冷戦での勝利につながった。

経済的には、中国からの安価な輸入品はアメリカ国内のインフレ抑制に役立った。米企業は対中輸出を急拡大させ、次々と中国市場に進出した。中国からの輸入品はアメリカの製造業に打撃を与えたが、中国への関与が経済的果実を生んだことは確かだ。

たしかに中国が得た利益の方が大きいが

米中関係から経済的利益を得たのはアメリカより中国だった。だがそれは、鄧小平が78年に始めた改革開放政策に負うところが大きい。中国の奇跡的な経済成長をニクソンと毛は予想もしなかったはずだ。

ニクソンと毛の会談が中国の隆盛に影響を与えたとすれば、それは一から米中関係正常化に取り組む鄧の手間を省いた点だろう。さもなければ鄧は、72年以降も孤立状態が続いた中国を欧米に接近させるため多大な労力を払うことになったはずだ。

修正主義者が忘れがちなのは、米中関係は常に不安定であり、対中関与政策は米中両国の事情から常に崩れる危険性があったことだ。89年の天安門事件によって米中関係は揺らいだ。ジョージ・W・ブッシュ大統領の時代にも、急成長する中国を地政学的脅威と捉えるネオコン(新保守主義派)によって中国封じ込め政策が唱えられた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

焦点:米で重要鉱物、オクラホマが拠点に 中国依存脱

ビジネス

米国株式市場=S&P500・ナスダック下落、中東情

ビジネス

NY外為市場=ドル/円3週ぶり高値、中東への米関与

ビジネス

利下げ急がず、関税リスク無視できず=米リッチモンド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中