最新記事

医療

ブタからヒトへの「心臓移植」を成功させた医師本人が語る、医療技術と生命倫理

“I Transplanted a Pig Heart”

2022年2月18日(金)12時31分
バートリー・グリフィス(メリーランド大学医学大学院外科教授)

220222P66_MTN_01.jpg

筆者と患者ベネットの記念写真 UNIVERSITY OF MARYLAND SCHOOL OF MEDICINE

ほかに選択肢がなく、心臓移植なしでは退院の見込みもなかったため、私はある可能性を考え始めた。当局の緊急許可を得て、遺伝子操作したブタの心臓を移植できるのではないか――。

「うまくいくと思うなら、行動あるのみだ」。スターズルはそんなモットーを掲げる人々の1人だった。私も彼らと同じ闘士になろうと決めた。

デービッドは大勢の医療専門家の診察を受け、これから同意を求められるものについて正確に理解できているか、精神科医4人が確認した。これらの点をクリアしなければ、手術に向かうことはできない。

手術後、デービッドに犯罪歴があると報道されたが、私は何も知らず、本人に尋ねることもなかった。私たちは患者の前科を調べたりしない。それは倫理に反する行為だ。

デービッドの同意を得た後には、移植許可の取得という次のハードルが待っていた。協力企業のリビビコールは、遺伝子操作した心臓を「機器」でなく「医薬品」に分類している。そのため、私たちは未承認の医薬品を使用する臨床試験として申請を行った。昨年12月20日のことだ。

米食品医薬品局(FDA)の見識には感心した。重大な意味を持つ事例であり、悪い知らせを覚悟していたが、12月31日に申請を承認するという電子メールを受け取った。

1月7日金曜日。私は緊張していた。今日の手術の結果に、多くのことが懸かっているからだ。成功を予想した人はいなかっただろうが、モヒウディンと私だけは違った。

手術室には歓喜が満ちた

手術開始前、これから行うことと、それが患者を超えた広い範囲にもたらす影響について黙想してほしいと、担当チーム全員に頼んだ。彼らとそうした瞬間を分かち合えたのは貴重な体験だ。

午前8時に始まった手術は午後5時頃まで続いた。移植したブタの心臓に人間の血液を流す瞬間は厳粛な気持ちになった。クランプを取り外し、微量の電流を与えた。心臓が動きだした。何人かは涙を浮かべ、畏敬の念が広がった。心臓が正常に収縮し始めると、手術室には歓喜が満ちた。

デービッドは翌朝までとても安定した状態で、その後はよくなる一方だった。手術3日後に心臓超音波検査を行ったところ、極めて良好な収縮機能が確認できた。

手術の翌朝、すぐにデービッドは意識を回復した。「新しい心臓が入ったよ」と話し掛けると、私を見て「ありがとう」と言った。涙が出た。シンプルだが、心がこもった特別な一言だった。1月10日には人工心肺装置を外した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米消費者信用リスク、Z世代中心に悪化 学生ローンが

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中