最新記事

ISSUES 2022

怒りと液状化の時代を生き抜くために必要な「人と人をつなぐ物語の力」

THE ALCHEMY OF ANGST

2021年12月31日(金)09時35分
エリフ・シャファク(作家)

11年には、エジプトの若い夫婦が生まれたばかりの娘を「フェイスブック」と命名。その数カ月後にはイスラエルの夫婦が三女を「ライク(いいね!)」と名付けた。私はよく、こうした名前を付けられた子供たちのことを考える。私たちはなぜ世界をこんなふうにしたのだろう。

情報の洪水が押し寄せる

もちろん、情報の拡散は民主主義を保証するわけではなく、生み出しもしない。今の世界には(勝手な誤報や故意の組織的な偽情報はもとより)情報があふれすぎている。一方、知識は乏しく、知恵はさらに乏しい。情報と知識や知恵は全く別物で、私たちは情報ばかり重視して知識を軽視し、知恵を放棄してきた。

情報とは、スピード、細切れのデータ、そして数字だ。「数字(numbers)」と「無感覚(numbness)」の共通点はリズムや韻だけではない。私たちは押し寄せる情報をうのみにし、常に情報過多の状態で、自分が何でも知っているかのような幻想を抱く。

その結果、徐々に「知らない」と言えなくなっていく。なじみのないものに出くわしたら、すぐにググって、5分か10分でそれについて何かしらのコメントを思い付く。さらに何分か検索すれば、その道の専門家になった気さえしてくる──実際はそういう断片的な情報を集めても知識とは言えないのに。

日々触れる情報の量を減らし、知識を、最終的には知恵を増やすにはどうすればいいのか。

知識を増やすにはペースダウンし、独断(特に自分自身の)に注意すること。観客席からも闘技場からも去れ。知識には本が必要で、あらゆる分野のものを読むべき。(速報性より質を重視する)スロージャーナリズム、徹底的な分析、機微のある会話をし、早計な判断を避けることも必要だ。

知恵を得るには、頭と心を結び付けなくてはならない。理論的分析だけでなく、EQ(心の知能指数)、共感、謙虚さ、思いやりも要る。互いの物語に耳を傾け、沈黙にも注意を払う必要がある。パンデミック初期の、ロンドンでまだ公園を散歩できていた頃、あちこちでこんな貼り紙を見掛けた。「この騒ぎがすっかり収まったら、どんな世界になっていてほしい?」その下に、通り掛かった人がめいめいに答えを書き込んでいた。「私の意見を聞いてくれる世界」

皮肉なのは、デジタルプラットフォームの普及と自由民主主義の拡大により誰もが声を手にしたはずの時代に、それとほぼ正反対の状況が生まれていることだ。耳をつんざく不協和音の中で、人々は自分の声がどこにも届いていないと感じている。

私たちは日々を生きるなかで、途方もない量のマイナスの感情を経験していて、それにどのように対処すべきか見当がつかずにいる。なのに私たちは、そのような感情についてあまり語りたがらない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価と雇用両方の目標にリスク、バランス取る必要=米

ワールド

インド、米国製兵器調達計画を一時停止 関税に反発=

ビジネス

情報BOX:大手証券、9月利下げ予想を維持 低調な

ワールド

米ロ、ロシアによるウクライナ占領地確定で停戦合意模
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 3
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トップ5に入っている国はどこ?
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 6
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 7
    パリの「永遠の炎」を使って「煙草に火をつけた」モ…
  • 8
    「ホラー映画かと...」父親のアレを顔に塗って寝てし…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    【徹底解説】エプスタイン事件とは何なのか?...トラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 8
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中