最新記事

米中対立

中国に道徳を説いても無意味...それでも「核拡散」を防ぐ方法はある(元豪首相)

PREVENTING AN ARMS RACE

2021年12月29日(水)18時11分
ケビン・ラッド(元オーストラリア首相・外相)
米中軍拡競争

ILLUSTRATION FROM PROJECT SYNDICATE YEAR AHEAD 2022 MAGAZINE

<核弾頭やミサイルの開発を加速させている中国に、アメリカが「核軍縮」への参加を促すためには、冷徹で実用主義的な議論が必要となる>

中国は2021年の7月と8月、核弾頭搭載可能な極超音速ミサイルの発射実験をしたとされる。中国側は認めていないが、事実だとすれば戦略核兵器の均衡を脅かすものであり、現に米中間の緊張を一段と高める結果になった。

同じ時期に、中国が北部の砂漠地帯で最大300ものミサイル格納庫を新たに建設中であることが衛星写真で確認された。敵の目を欺くためのダミーもありそうだが、全体の半分が本物になるだけでも中国の核弾頭数は現状の3倍近くに増える。

事態を憂慮する米国務省は10月、「中国核戦力の急速な増強は懸念すべきであり、国家間の安全保障と安定を脅かしている。......中国政府がわが国との協議に応じ、現実的な対策で不穏な軍拡競争と紛争のリスクを減らすよう求める」と警告を発した。

すると中国の軍縮担当大使である李リー・ソン松がすぐさま反論し、オーストラリアに原子力潜水艦を供与するために米英豪の3国が結んだ新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」こそ核拡散の「教科書的事例」であり、軍拡競争を加速するものだと非難した。

今のところ、中国は戦略兵器の削減に関してアメリカとの交渉を拒み、アメリカの保有する4000発近い現役核弾頭数の大幅削減が先だと主張している。だが中国も現に核戦力の増強を急いでいる以上、この理屈は通らない。

核兵器の先制不使用に否定的な中国

9月には中国のベテラン外交官で元軍縮大使の沙祖康が声を上げ、相手より先に核兵器を使わないという従来の政策は「もはや時代にそぐわない」と論じた。

アメリカは「新たな軍事同盟を結んで中国周辺での軍事的プレゼンスを高め、中国に対する戦略的圧力が強まっている」からだという。そうである以上、「核兵器の先制不使用について中米が交渉で共通理解に達し、あるいは中国の戦略兵器の有効性を損ねるような否定的施策をアメリカがやめない限り」、先制不使用政策を維持すべきでないと沙は説いた。

この発言は重い。中国政府の高官が個人的見解を述べることはない。全ては当局の許可があっての発言だ。事が核戦略という重大事に関わるとなれば、なおさらだ。

こうした強硬姿勢は現状の危険な変更につながりかねない。だが沙の発言からは、今日の米中対立のルーツも見える。中国政府は自国の核戦力と世界戦略の脆弱性に深刻な懸念を抱いている。そのことをアメリカ側は理解すべきだ。習近平国家主席も繰り返し、これは中国の台頭を何としても阻止したい大国との数十年来の「闘争」だと述べている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ワールド

戦略的互恵関係を推進、国会発言は粘り強く説明=日中

ビジネス

アングル:米株式取引24時間化、ウォール街では期待

ビジネス

英CPI、11月+3.2%に鈍化 市場は18日の利
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中