最新記事

クアッド

クアッドで中国は封じ込められない...「対中包囲網」には致命的な欠陥が

The Quad Is a Delusion

2021年7月8日(木)10時10分
ラジャン・メノン(ニューヨーク市立大学シティーカレッジ教授)

アメリカが台湾防衛での共同戦線を呼び掛けても、日本は関与を避けてきた。今年4月の日米首脳会談後の共同声明で「台湾海峡の平和と安定」に言及したことについて、菅義偉首相は軍事的関与を前提としたものではないと明言した。アメリカが守ってくれるなら日本がリスクを冒す理由はない。

オーストラリアも連携をさほど強化できないだろう。豪海軍は南シナ海まで5000キロ近く、台湾まではさらに約800キロ航行しなければならない。到着後は中国のミサイルや潜水艦、軍用機からの攻撃に加え、部隊への補給線となる海上交通路の切断を狙う中国軍の軍事作戦が待ち受ける。

近年の中国の台頭はこの海域のパワーバランスを変えてきた。豪海軍は日米印の共同海上演習「マラバール」に2回(07年と20年)参加したが、戦力不足で中国軍に対する海上作戦はアメリカの思惑の域を出ない。

NSCのキャンベルらはオーストラリアの海軍戦略拡大に熱心だが、状況は変わらないはずだ。ロウイー国際政策研究所の6月の世論調査では、オーストラリア国民の57%が米中の軍事衝突では「中立維持」と回答した。

クアッドを純粋に軍事的な観点で判断するべきではないかもしれない。結局、戦略とは武力が全てではないのだ。

中国側の「報復」が怖い

それでも全体図は変わらない。クアッドが東アジアにおける中国の影響力拡大に対抗する政治的パートナーシップでもあるなら、4カ国は具体的に何をし、役割分担はどうなるのか。中国と敵対国の対立に巻き込まれることを嫌うASEANの逃げ腰をどう克服するのか。

アメリカを除く3カ国は中国に経済的圧力をかけることはできるかもしれない。だが対中貿易・投資に依存している以上、一時的で慎重なものにならざるを得ないだろう。

輸出の約39%を中国向けが占めるオーストラリアがいい例だ(対米は4%未満)。オーストラリアは香港と新疆ウイグル自治区での中国による人権侵害を批判し、中国通信大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)を5G通信網から排除。さらに新型コロナウイルスの起源について独立調査を要求した。

これに反発した中国はオーストラリア産のワインに最大200%超、大麦に80%の反ダンピング関税を発動。さらにイセエビ(96%が中国向け)を税関で止め、食肉も一部輸入停止に。石炭の荷揚げも差し止めて、オーストラリアからの貨物船を数カ月にわたり海上で立ち往生させた。

オーストラリアは屈しなかったが、中国の狙いは別にある。オーストラリア以外の国々にもメッセージを送ることだ。

クアッドが消滅することはない。今後も首脳会談を開催し、声明を出し、海上演習を実施するだろう。だがクアッドをアメリカの新・対中包囲戦略の核にしようと考えるのは間違いだ。

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

FRBは利下げ余地ある、中立金利から0.5─1.0

ビジネス

企業は来年の物価上昇予測、関税なお最大の懸念=米地

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中