最新記事

仮想通貨

ビットコインを法定通貨に採用した国...仮想通貨が国家経済と財政を救う?

Bitcoin Fantasyland

2021年6月23日(水)18時26分
デービッド・ジェラード(経済ジャーナリスト)

商人(または犯罪者)は受け取ったビットコインをこの信託に持ち込んでドルに替えるから、当初の1億5000万ドルはいずれ、全てビットコインに置き換えられる。

債務の返済もビットコインでできる。年金基金から政府が借り入れた分も同様に処理されるから、結果として国民の払い込んだドルがビットコインに化ける。公務員の給与もビットコイン払いになる。

またビットコインの取引では実名の使用が求められないので、いわゆる本人確認ができない。そこが物理的な通貨と決定的に違う。当然、犯罪絡みのビットコインを持つ人は一刻も早くドルに替えたいので、この信託に持ち込む。結果、この1億5000万ドルは不正なマネーロンダリングの受け皿となる。

マネーロンダリング対策に関して、エルサルバドルは従来、一定の信頼を勝ち得てきた。しかし性急にビットコインを採用すれば、その信頼は吹き飛ぶ。そうなると、アメリカからエルサルバドルへの送金も面倒になる。

政府よりドルを信頼

ブケレ政権要人によれば、ストライクを使えば国内からは1回につき1ドル(米国からなら5ドル)の「クレジット」を差し引かれるだけで送金でき、「手数料は不要」だという。しかし政府は、その「クレジット」の一部をストライクから徴収できるだろう。その場合、政府は国民の貴重な仕送りに手を付け、ドルをかすめ取れることになる。

こんな仕組みをエルサルバドル国民が受け入れるだろうか。現に国民は自国の政府よりも米ドルを信頼している。そしてビットコインの採用は国民のドル資産を政府が吸い上げるたくらみだとみている。米ドルへの交換手数料を引き上げたり、引き出し限度額を設定するなどの措置を追加すれば、政府はいくらでもドルを搾り取れる。

アルゼンチン政府は21世紀初頭に起きた金融危機の際、同様の措置を導入した。

アルゼンチンの通貨ペソは1991年以来、米ドルと1対1で取引されていた。だが2001年には経済の停滞で財政赤字が深刻化し、国民は米ドル連動制の崩壊を恐れ、われ先にとドル資産を銀行から引き出そうとした。

慌てた同国政府は銀行預金の引き出し制限(コラリート)を発動し、事実上全ての銀行口座を凍結した。わずかな額の引き出しのみを許可したが、各地の銀行では取り付け騒ぎが起きた。大規模な暴動が起き、政権が崩壊してコラリートが廃止されるまでには1年以上かかった。

この6月で、ブケレが大統領になってから2年が経過した。実績を残したい、エルサルバドル経済を再建した男として記憶されたい、と思う日もあるだろう。そうは言っても、ひたすら直感で統治するのがこの男のスタイルだ。

ビットコインで財政再建などという妄想は、さっさと捨てるべきだ。さもないと怒れる民衆が大統領宮殿を包囲し、火を放つだろう。

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中