最新記事

新型コロナウイルス

ワクチン接種による集団免疫を阻むイスラエル分断の「壁」

Finding Herd Immunity Hard to Achieve

2021年2月25日(木)17時00分
ジョシュア・ミトニック(テルアビブ在住ジャーナリスト)

しかし、このところワクチン接種のペースは急激に落ちている。テレビのニュースで見ても、接種会場はほとんど空っぽだ。今は16歳以下の人(治験データがないので接種を認められていない)を除けば誰でも接種を受けられるのだが、保健省によると1日当たりの接種数は2月13日時点で、1月のピーク時に比べて39%ほど減っていた。

ちなみにイスラエルは、実質的に占領しているヨルダン川西岸とガザ地区に暮らすパレスチナ人の大半を当初はワクチン接種の対象から外しており、この点には人権団体からの厳しい批判があった。

一方、テルアビブ在住の理容師エティ・メシカのように、「死にたくないから打たない」と言う人もいる。重篤な副反応の報告がごくわずかなのは承知しているし、今まで子供たちにはどんなワクチンも受けさせてきたが、どうしても今回のワクチンは(開発を)急ぎ過ぎた感じがして不安だ、と言う。

いずれにせよ、治験データの関係で接種対象から除外されている若年層を除いても、イスラエルはまだ270万人にワクチンを接種しなければならない。しかし高齢者以外では危機感が薄く、ワクチンについても様子見を決め込む人が多い。ベドウィン系アラブ人や超正統派のユダヤ教徒も非協力的だし、地方の労働者層も同様だ。

それだけではない。意外なことだが、医療従事者の間にもワクチン接種をためらう傾向が根強くある。2月10日現在、国内各主要病院の医療従事者の接種率は43~80%にとどまっていた。

昨年12月に同国のテレビ局「チャンネル13」が実施した世論調査でも、成人人口の約25%は「接種しない」か「1年先まで待つ」と回答していた。この国で多数派を占める若い世代が同意しなければ、集団免疫の実現は難しい。「計算上、集団免疫の確立にはワクチン接種率75~80%が必要になるが、この国には(接種対象外の)若い人が多いから無理だ」と言うのは、この世論調査を担当したナダブ・エヤル。「せめて対象者には100%の接種を期待したいのだけれど」

イスラエルでは3月23日の総選挙を控えて、ワクチン接種も政治問題化している。ネタニヤフはあちこちの接種会場を訪れ、世界に先駆けてファイザー製ワクチンの供給を確保したことを自分の大きな功績としている。

ネタニヤフの公式フェイスブックページで、ワクチン接種を拒んでいる人に関する個人情報をシェアしようと呼び掛けたこともある(さすがに、これはルール違反として即座に削除された)。

それでもワクチン接種を通じて経済活動を再開させ、総選挙での勝利を確実にしたいのがネタニヤフの戦略だ。もう1つの民間放送局「チャンネル12」でも、彼はこう力説していた。「わが国は(このパンデミックから)一番先に脱け出す。ワクチンは十分過ぎるほどあるし、配送の体制も完璧だ。わが国は世界の1番手になれる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ和平会議、ロシアも参加すべき 中国大使が

ビジネス

台湾、AIブームでETF投資過熱 相場反転に警戒感

ワールド

豪、中国軍機の豪軍ヘリ妨害を非難 「容認できない」

ビジネス

米規制当局、金融機関の幹部報酬巡るルール作りに再着
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中